単結晶シリコン(111)表面上の表面吸着原子(アドアトム)の拡散に対して、基板に印加した応力がどのように影響を及ぼすかを、第一原理に基づく理論計算を実行して解析をした。シリコン(111)表面は、1x1→7x7構造相転移を起こすことは良く知られているが、シリコンの7x7構造は歪みの大きい構造であり、その動的な形成過程への応力の作用は重大である。表面に印加された応力が、シリコン表面に別の周期構造を生じるには、通常の実験条件を外れた極端に大きな力が必要であると予想される。一方、アドアトムの拡散という熱的活性化プロセスを伴う反応に限ってみれば、シリコン表面に現実的に印加可能な範囲内での歪みにより、これが促進または抑制される可能性は十分にある。 本研究では、計算モデルにおいて原子位置を平衡結合長より変位させることにより、圧縮ならびに引張応力を発生させた。印加したい応力の大きさに応じて、ヤング率から換算されるだけの歪みを加えることで、計算では容易に応力の効果を与えることができる。初めに、大小3種類のクラスターモデルを使って、歪みが無いシリコン表面におけるアドアトムの拡散に必要な活性化エネルギーを正確に見積もった。応力の印加されていないモデルでの計算値は、実験的に得られる活性化エネルギーの値と矛盾の無い結果を与えた。圧縮応力を加えた場合には、拡散のエネルギー障壁が増加した。一方、引張応力をかけた時はエネルギー障壁が減少した。すなわち、アドアトムは表面の中で引張歪みのある場所で動きやすいことが明らかになった。 アドアトムはT_4サイトと呼ばれる位置に吸着した時、系は最も安定となる。応力によってアドアトムの拡散の活性化エネルギーが変化する理由は、圧縮応力を加えた場合にT_4サイトでの吸着の安定化エネルギーが増し、他のサイトヘ移動しにくくなるためであることが分かった。
|