反応系内で自動触媒的自己集積及び自己組織化現象が進行する場合、キラルな物質を合成した際にその両異性体は等しく合成されるという有機合成化学の常識は成り立たなくなる。このような現象が観察される不斉コバルト錯体の合成反応及びビナフチルの結晶化の速度論的解析を行い、一連の速度式の組み合わせである動力学モデルを構築した。このモデルのシミュレーションにより、自動触媒性が出現する機構について検討を行った。 コバルト錯体の合成反応においては、生成物が非常に高過飽和な状態でクラスターを形成することにより自動触媒性が発現し、そのための会合度は約10以上であることが見い出された。但し、このような高過飽和状態は、反応系が完全に均一であると出現しないことも確認された。本反応は、反応系の内外が35℃の温度差を持つ状態で開始するため、系内の混合の不完全性に基づく温度不均一性、及びそれによりもたらされる濃度不均一性の結果、局所的な高過飽和状態が出現し、その部位から自動触媒系が機能し始めることが認められた。このような局所的高過飽和度の出現は確率過程なため、収率及び光学純度は試行毎にランダムにばらつくと説明付けられる。 ビナフチルの結晶化については、大小2種類の容器内で実験を行った。いずれの場合も、各実験毎に生成する結晶数は5個以下であり、これが全て一方の異性体の単結晶であるならば、光学純度はランダムにばらつくはずであり、シミュレーションではそのような結果となった。しかし、実際の実験では、小さい容器を用いた場合はシミュレーションと同様の結果となったが、大きい容器の場合はほとんどラセミ体に近い結晶しか得られなかった。これは、大きい容器では空気に接触する面が大きいため気液界面付近の過冷却度が大きくなり、一方の異性体の結晶表面を利用したもう一方の異性体の核生成も進行し、多晶体が生成したことを意味している。
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