有機合成化学において、遷移金属触媒を用いた新反応の開発は活発な研究分野である。とくに反応剤としてヒドロシランなどの有機ケイ素化合物を用いる研究例は多く、8、9、10族などの後周期遷移金属を触媒とすることで、多くの有用な合成反応が報告されている。しかし、銅(I)塩などの11族金属化合物を、有機ケイ素化合物を用いる合成反応の触媒として利用する例はこれまで限られていた。本研究者は、銅(I)塩と多くの有機ケイ素化合物が、フッ化物イオンなどによる特別な活性化がなくても、銅(I)塩と直接反応する現象を発見した。同じ11族金属化合物である金(I)錯体は、反応性の乏しさから、これまで有機合成触媒としての報告例は限られていた。本候補者は銅(I)塩触媒を研究する中で得た知見の類推から、金(I)錯体と14族化合物との反応性を予測し、これまで極めて例の少なかった金(I)錯体による触媒反応(スズヒドリド化合物の脱水素二量化、アルデヒド、アルドイミンのヒドロシリル化)を新たに開発することに成功した。特にヒドロシリル化は遷移金属に典型的な反応が金(I)錯体でも実現可能であるという点で、画期的な成果である。 これらの研究は、単に新しい合成反応の開発というだけでなく、11族金属で未知であった「基本的な」反応の発見であり、11族金属化合物における新しい触媒反応を開発するための重要な基礎を築くものであるといえる。
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