本研究の目的は、最先進国の米国を主な事例としてバイオテクノロジーの農業利用と公的規制の可能性を展望することにあったが、折からの国際的な安全性議論の高まりによって処理すべき情報が急増し、また、日程の調整がつかなかったためもあり、当初予定していた米国調査を実施することができなかった。 本年度の研究成果は、科学技術の発達に対する社会的受容のあり方の問題を考察するため、農業バイオテクノロジーの開発推進論拠を詳細に検討し、その「便益(有用性)」と「リスク」をめぐるふたつの極論―「(1)食糧増産(2)持続的生産(3)農業者利益(4)消費者利益ゆえに開発不可欠である」vs「生態系および健康に否定的影響を及ぼすから開発すべきでない」―の齟齬を克服するために、これまでの安全性論議で不足していた社会経済的視点を重視すべきことを明らかにした。その際、開発企業、科学者、政府機関等の開発推進サイド、消費者団体、環境保護団等の反開発サイド、および便益とリスクの間で揺れ動く農業者団体や途上国、国連諸機関といった主要なアクターの見解を多様なソースから収集・整理し、次年度の海外調査の足がかりを掴むことができた。 次年度は引き続き、時々刻々と変化する国際情勢をフォローしながら、第一に、米国農業者およびブラジル農業者の遺伝子組み換え作物に関する意識動向を現地調査を含めて明らかにする。第二に、国際機関とくに国際農業研究協議グループ(CGIAR)のバイオテクノロジー政策と研究開発動行の考察をつうじて「便益」が途上国農業者に行き渡る可能性を探る。後者については単年度で処理することは困難と思われるので、当課題終了後に引続き研究を遂行するための基礎作業に徹する考えである。
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