平成10年度までの研究でNAT1がマウス初期発生および胚性幹(ES)細胞の分化において必須の役割を果たしていることを明らかにした。平成11年度はその機序を遺伝子レベルで解析した。具体的にはレチノイン酸により誘導されるES細胞の分化においてNAT1がどのような役割を果たしているかを検討した。正常ES細胞をレチノイン酸で刺激すると形態的な分化とともに増殖速度の低下をきたした。一方、NAT1遺伝子破壊ES細胞においてはこの両者とも抑制されていた。次に、レチノイン酸刺激に伴う遺伝子発現の変化をノーザンブロットとDNAチップにより解析した。正常ES細胞においてはレチノイン酸により多くの遺伝子発現が誘導され、oct3など少数の遺伝子発現が低下した。NAT1遺伝子破壊細胞においてはレチノイン酸による遺伝子発現変化の大部分が抑制されていた。抑制の程度は遺伝子により異なり、完全に抑制されるものからほとんど影響をうけないものまであった。さらにこの遺伝子発現の抑制がどのレベルでおこっているかを検討するために、レチノイン酸応答配列を持ったルシフェラーゼレポーター遺伝子をES細胞に導入した。正常ES細胞においてはこのレポーター遺伝子発現はレチノイン酸により20倍以上増強されたが、NAT1遺伝子破壊細胞においては増強の程度が有意に小さかった。以上の実験結果より、NAT1は分化関連遺伝子群の発現を転写レベルで制御していることが明らかとなった。
|