NAT1は翻訳開始因子の一つであるeIF4Gと相同性を有する蛋白質で、新しい癌抑制遺伝子の候補である。我々は以前、RNAエディティング酵素であるAPOBEC1をトランスジェニックマウスの肝臓で過剰発現させると肝細胞癌を誘導することを報告したが、その肝臓で異常にエディティングされているmRNAとしてNAT1(novel APOBEC1 target #1)を同定した。NAT1のmRNAのエディティングは複数の停止コドンを生み出し、結果としてNAT1蛋白質をほぼ完全に消失させた。eIF4Gは他の翻訳開始因子であるeIF4AやeIF4Eと結合し、それらの機能を統合しているが、NAT1はeIF4Aに結合するがeIF4Eには結合しないことがわかった。またNAT1を過剰発現させると蛋白質合成を抑制した。そこで、NAT1は、eIF4Aへの結合をeIF4Gと競合する結果、蛋白質合成をを抑制するというモデルを提唱した。今回、我々は遺伝子ノックアウトによりNAT1の生体内での機能を検討した。NAT1+/-マウスは外観や生殖能力は正常で、1年以上経過しても腫瘍の多発は認められなかった。一方、NAT1-/-マウス胚は原腸形成期に致死であった。NAT1-/-ES細胞は正常の形態を示し、予想に反して蛋白質合成や増殖速度も正常であった。一方、NAT1-/-ES細胞はフィーダー細胞除去やレチノイン酸刺激による分化が抑制されていた。さらに、NAT1-/-ES細胞ではレチノイン酸により変化する遺伝子発現の大部分が抑制されていた。またレチノイン酸応答配列からの転写も抑制されていた。これらの実験結は、NAT1は全般的な蛋白質合成の抑制因子ではなく、初期発生や細胞分化に関与する特定遺伝子の発現制御因子であることを示唆した。
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