研究概要 |
細菌逆転写酵素は,細胞内でmulticopy single-stranded DNA(msDNA)と呼ばれる特殊なRNA-DNA複合体の合成に必須の酵素である。msDNAをコードする領域と細菌逆転写酵素遺伝子(ret)は細菌ゲノム上でオペロンを構成しており,レトロンと呼ばれている。細菌逆転写酵素やmsDNAの役割については,不明の点が多いが,細胞内でmsDNAが大量に発現する条件下では突然変異が誘発されることが知られている。研究代表者は,これまでにコレラ菌(Vibrio cholerae O139)や腸炎ビブリオなどのビブリオ属の細菌においてmsDNAの存在を明らかにしてきた。また,その他の病原菌でもmsDNAが見つかっており,msDNAと細菌の病原性との関係が注目されている。本研究では,V.choleraeの逆転写酵素およびmsDNAと病原性との関係を明らかにする目的で,病原性の異なる複数のV.cholerae株においてmsDNAおよびレトロンの存在の有無を調べた。これまで調べたV.choleraeの中で,伝染病コレラの原因菌として知られる血清型O1とO139の12株には,すべて同じ大きさのmsDNAの存在が認められた。一方,それ以外の血清型のV.cholerae non-O1/non-O139株9株からは,同じmsDNAが検出されなかった。この結果は,V.choleraeの病原性とmsDNAとの関係を強く示唆するものである。また,PCRによる解析の結果,O1およびO139株ではゲノム上の同じ位置に約4.2kbpのレトロンが挿入されているが,non-O1/non-O139株では同じ領域が別のDNA断片と置き換わっていることがわかった。レトロンと置換しているDNA断片の長さは血清型によって大きく異なっており,数十bpから5kbp以上のものまであった。これらの配列の中には特徴的な繰り返し配列や機能未知のopen reading frameなどが存在しておりレトロンの挿入に関与している可能性が示唆された。
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