病原性大腸菌(enteropathogenic Escherichia coli、以下EPECと略す)は上皮細胞に付着し、その付着下部に細胞骨格形成に関る様々な蛋白を蓄積させる。この細胞骨格再編成の誘導は、タイプIII分泌機構により宿主に移行する蛋白質によって規定されている。細胞骨格の再編成には、低分子量GTP結合蛋白質のRhoファミリーが関与していることが知られているが、EPEC感染に伴う細胞骨格の再編成には、どのRhoファミリーが関与しているのかについては明らかにされていない。そこでドミナントネガティブのRhoファミリーを発現させた細胞で、EPEC感染における細胞骨格の再編成を観察した。その結果、Rho、Rac、Cdc42のドミナントネガティブ発現下においてもEPECは上皮培養細胞に付着し、アクチン凝集を惹起した。このことから、これらのRhoファミリーはEPECの細胞骨格再編成に関与しないことを明らかにした。現在、他のRhoファミリーについて解析を行なっている。一方、EPEC感染に際して、誘導あるいは抑制される宿主側因子を網羅的に解析するために、DNAマイクロアレイを用いて遺伝子レベルで解析することを試みた。試験菌には、EPEC野性株とタイプIII型分泌機構によって分泌されるEspB蛋白質の欠損株を用いて検討した。EspB欠損株では病原性が著しく低下していることを既に明らかにしている。in vivoでの感染実験では困難が予想されたので、まず初めにHeLa培養細胞を用いて検討した。両菌株をHeLa細胞に感染させると、培養後3時間で付着が観察された。しかしながら3時間の感染においては、培養細胞の障害も著しく感染初期に推移する遺伝子発現解析には困難が予想された。そこで、付着効率を上げるために、細菌の培養条件の検討を行なった。その結果、細菌の前培養にイーグル培地のような細胞培養用の培地を使用することで、付着効率をあげることができた。さらに感染後低速遠心により、細菌と培養細胞の接触を増すことでも付着の効率をあげることができた。イーグル培地の使用と遠心の操作を入れることにより、45分という短時間でEPECの細胞への付着を確立することができた。細胞からのmRNA調製の最適化を検討後、これらのmRNAより標識されたcDNAを作成し、DNAマイクロアレイにハイブリダイズさせ、感染に特異的に発現する、あるいは抑制される宿主側因子の解析を行う予定である。
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