本年度は有機錫化合物(塩化トリメチル錫)をラットに一回経口投与し、5日後における脳内海馬領域の細胞死および細胞新生に関する検索を行った。また内因性グルココルチコイドの役割を検討する目的でコルチコステロン産生器官である副腎皮質を切除したラットをも対象とした。その結果トリメチル錫を投与したラットの海馬歯状回、特に下部顆粒細胞層に多数の細胞死(アポトーシス)が観察された。この場合上部顆粒細胞層に細胞死はみとめられるもの少数であった。一方副腎皮質を切除したラットにおいては上部顆粒細胞層のみに細胞死がみられた。副腎皮質を切除したラットにトリメチル錫を投与した場合、海馬歯状回の細胞死の数は格段に増加し双方の効果は相乗的であった。細胞新生は細胞死の観察される処理(副腎皮質の切除あるいはトリメチル錫投与)のいずれか単独の場合、および双方同時処置の場合の海馬全域にみられたが処置の違いによる一定の傾向は見いだせなかった。海馬歯状回の細胞は上部顆粒細胞層において発生学的に古い細胞が大い。このことが副腎切除およびトリメチル錫投与の2つの処置による細胞死のプロファイルの違いとなって表現されているのかも知れない。成体における神経細胞再生は現在その研究が緒についたばかりであり、今後経時的な観察など基礎的な検討が必要であると思われる。
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