本研究の目的は、心不全のような慢性期の病態におけるエンドセリン(ET)-1産生のメカニズムを調べることである。我々は、心不全という病態が、その一側面では心筋のエネルギー代謝不全であることに着目し、エネルギー代謝不全とET-1産生の間の関係について調べた。心不全において、心筋のエネルギー産生系はミトコンドリアにおける脂肪酸のβ酸化から解糖系にシフトしている。この解糖系の遺伝子の発現を制御している転写因子の一つとしてhypoxia inducible factor(HIF)-1αがある。今回このHIF-1αとET-1との関係について調べた。 1.まず2つの心不全モデル動物を用いてHIF-1αとET-1の遺伝子発現の変化を経時的に調べた。その結果、HIF-1αの遺伝子発現はET-1の遺伝子発現と相関して、心不全の進行と共に増加した。 2.ET-1の5'非翻訳領域には、HIF-1αの認識配列が存在する。HIF-1α及びET-1の5'翻訳調節領域を組み込んだプラスミドを用いて、ルシフェラーゼアッセイをおこなった。その結果、HIF-1αはET-1の5'翻訳調節領域を認識してET-1の遺伝子発現を増加した。 3.さらにHIF-1αとET-1の翻訳調節領域との結合を確認するために、ゲルシフトアッセイをおこなった。その結果、心筋細胞内のHIF-1α蛋白質とET-1の5'翻訳調節領域のオリゴヌクレオチドとの結合が認められた。 4.また心筋のエネルギー代謝不全によってET-1の遺伝子発現が上昇するか、培養心筋細胞を使って調べた。ミトコンドリアの機能を障害したとき、HIF-1αとET-1の遺伝子発現は顕著に増大した。これらの結果は、心不全においてエネルギー代謝不全を補うためにHIF-1αが誘導され、これがET-1の産生増大の一部を担っていることが示された。
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