多くの生理機能に関与する一酸化窒素(NO)は、細胞内で一酸化窒素合成酵素(NOS)によって生成される。このNOSの発現は、悪性腫瘍の発育速度や悪性度にも関連があると言われている。しかしながら悪性腫瘍の浸潤におけるNOの関与は、口腔領域の悪性腫瘍のみならず多領域の悪性腫瘍においてもほとんど報告がなされていない。そこで我々は、著明な浸潤増殖を特徴とする腺様嚢胞癌細胞株を用いて、NOの癌浸潤へ及ぼす影響を、癌浸潤の初期段階に必要な細胞接着能の部分に焦点をあて、細胞外基質の一つであるIV型コラーゲンに対する接着能との関連を検討した。 まず、ヒト腺様嚢胞癌細胞のIV型コラーゲンに対する接着能を検討したところ、NOSの基質であるL-アルギニンを加えることによってその接着能が上昇し、阻害薬(L-NAMEとL-NMMA)を作用させることによって減少した。また腺様嚢胞癌細胞内におけるNO産生量を、蛍光色素DAF2を用いて測定した結果、NOSの基質を加えることによってNO産生量が上昇した。このNO産生量はATP刺激により変化がなかったことから、細胞内に存在するNOSは、カルシウム非依存性であるiNOSであるものと考えられた。そこで最後に、iNOSに対するポリクローナル抗体を用いて免疫染色を行ったところ、腺様嚢胞癌細胞にiNOSの発現が認められた。 以上の結果より、腺様嚢胞癌の浸潤の初期段階である細胞接着能に、癌細胞に内在するiNOSから産生されるNOが関与しているという可能性が示唆された。
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