咬合の正常者像は、咬合診断におけるevidence-basedな基準である。著者らはこれまで、上下顎歯列間に生じる圧縮力を咬合力と定義し、咬合力の歯列における量的分布に基づいて、咬合の正常者像を検討してきた。その結果、下顎各歯に作用する咬合力がその合計に占める比によって現される咬合力分布は、最大咬みしめ時の咬合力の大きさが咬みしめ試行毎に大きく変動するにも拘わらず、良好な再現性を示すことから、個人の咬合状態の定量的指標としての有用性が認められた。また、咬合力分布に基づく咬合の正常者像の特徴として、左右的な対称性、後方優位な分布の2点が明らかとなった。 本研究の目的は、歯列における三次元咬合力分布の正常者像の解明にある。 研究の目的と方法を説明して十分な理解と同意の得られた正常有歯顎者5名を被験者に用いた。随意的最大咬みしめ時の咬合力を感圧フィルムを用いて記録し、下顎歯列の各咬合接触面に作用する咬合力の大きさを測定した。また下顎歯列模型を三次元形状測定し、咬合接触面の回帰平面の法線方向を求めて、これを当該咬合接触面に作用する咬合力方向とした。咬合力は、下顎から上顎に向かう力として、切歯点を原点とし、咬合平面を水平面、水平面と矢状面の交線を前後軸とする座標系上に表現した。下顎各歯に作用する咬合力は、近遠心、左右、上下の各成分の和として算出した。 その結果、下顎各歯に作用する咬合力の上下成分は歯列後方歯ほど大きく、また頬舌的、近遠心的には後方歯ほど舌側成分、近心成分が増大するさまが観察された。また歯列上に作用するすべての三次元咬合力について、その近遠心、左右側方成分がともに打ち消しあって0となる平面を求めたところ、その平面と咬合平面のなす角はすべての被験者において10度に満たず、三次元咬合力と咬合平面の緊密な機能的関係が伺われた。
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