本研究の目的は、共鳴ラマン分光法を用いて、DNA-薬物の相互作用様式を詳細に調べることである。ラマン分光法は、薬物が「どのように」結合するかという情報を与えるため、DNA-薬物の相互作用を調べる手段として有用である。しかし、ラマン分光法からは、薬物が「どこに」結合するか解らない。これを解決するために、昨年度開発した方法で合成した、1残基のみに重水素を導入したDNAオリゴマーを採用した。DNAオリゴマーと薬物の複合体のラマンスペクトルを、重水素化体と未置換体の双方について測定し、両者のスペクトルの差を計算する。この差スペクトルにおいては、重水素化されていない部分のスペクトルは相殺され、重水素化した残基のシグナルのみが残る。 薬物としては、抗がん性抗生物質アクチノマイシンD(ActD)を用いた。DNAは、ActD結合部位を含む自己相補鎖d(AGTGCTCGA^9GCA^<12>CT)_2の、A^9またはA^<12>のみを重水素ラベルしたものを使用した(下線を付した部分にActDがインターカレートする)。DNAにActDが結合すると、A^9のラマンバンド強度は約40%減少したが、A^<12>のラマンバンドには有意な変化がなかった。A^9のラマンバンド強度減少の原因は、塩基のスタッキングが強まることによるラマン淡色効果である。この結果は、ActDの結合に伴うDNAの巻戻りが主に5'側のみに起こり、この巻戻りがA^9のスタッキングを増加させたことを示している。 X線結晶解析によると、ActD結合に伴うDNAの構造変化には、結晶化の条件により、5'側が巻戻るもの、3'側が巻戻るもの、両側均等に巻戻る場合がある。本研究により、生理的条件では5'側のみに巻戻りが起こることを決定することができた。重水素置換と共鳴ラマン分光法を併用した本方法は、他の薬物のDNA結合様式の解明にも汎用できる、新規な方法であると考えている。
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