当初計画に従い、1 Ras蛋白p21のGTP結合部位の検討、2 GTP加水分解反応機構-量子化学による解明を行った。1については、X線結晶解析により得られている正常体及び12位点変異体p21のGTP結合部位を精査した。p21が点変異すると発癌に至ることがわかっているが、それはp21のGTPase活性の低下に起因すると考えられる。ところが、精査の結果、点変異したアミノ酸はGTPのリン酸部と相互作用する位置になく、GTPase活性とは直接関係しないことがわかった。このことは点変異により活性部位の全体構造が崩れていることを示唆している。そこで、GTPと直接相互作用しているLys16の側鎖アミノ基に着目したところ、G12P変異体ではγ-リン酸の酸素との間に正常体と同様、水素結合が保たれていたが、G12V変異体では保たれていないことがわかった。G12P変異体には発癌性がないのに対し、G12V変異体には発癌性があることから、γ-リン酸の酸素とLys16の側鎖アミノ基との間の水素結合の有無が発癌に関与しているのではないかと考えられる。また、p21のGTPase活性はGAP(GTPase activating protein)により数倍から数十倍まで上がることが実験的にわかっているが、GAPが内在しているG蛋白(G_<iα1>)との比較から、p21がGAPと結合することにより、Gln61が、反応に関与する水分子を活性部位に供給する役割を持つのではないかと考えられる。2については半経験的分子軌道法によりGTP加水分解反応機構を明らかにした。反応に関与する水分子がγ-リン酸のリン原子に結合すると、水分子→γ-リン酸の酸素原子→Lys16の側鎖アミノ基→β-リン酸の酸素原子のプロトンリレーが生じ、γ-リン酸が脱離する。この反応は4段階反応で、律速段階は水分子からγ-リン酸の酸素原子へのプロトンリレー反応であり、その活性化エネルギーは26.81kcal/molであることがわかった。
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