良い記憶力を維持することや、日々の生活の中で物忘れを防ぐことは、高齢者にとって非常に関心の高い問題である。しかし、高齢者をはじめ医療従事者の間でも、何を何処からはじめていけばよいのか、そのはっきりとした知識と方法とが分からないことが多い。平成11年度よりはじめた調査では、メタ記憶を中心に高齢者が自らの記憶に対してどのような認識を持っているかを明らかにしてく試みを行ってきた。その結果、高齢者は自らの記憶に対して、その実際の記憶力に関わらず、漠然とした不安を抱えていることが明らかとなってきた。また、高齢者の記憶に対する認識には、年齢が非常に大きな影響因子として関わっていることが分かった。このことは、高齢者の中に見られる、年齢がすすむとともに記憶は衰えていくものだ、という漠然とした認識が、彼等の記憶に対する認識のベースに、根拠のない情報として根付いていることによると考えられた。また別の要因としては、高齢者の間に見られる抑うつ的な気分が非常に大きな影響因子として働いており、記憶に対する主観的評価の改善が、高齢者の抑うつ気分を改善する可能性も示唆された。これらのことは、次のステップである物忘れ予防教室を通じての記憶への介入によって、高齢者が自らの記憶に対する偏見を無くし、また正確な知識と適確な方法を身につけることによって、彼等の記憶を維持増進していくことができる可能性を導き出している。さらに、記憶への介入が主観的記憶評価の改善につながるとともに、抑うつ気分の改善や実際の記憶力の維持改善につながる可能性を示唆するものともなっている。認知機能に障害がある高齢者はもちろんのこと、健康な高齢者においても記憶力の維持は健康で質の高い生活を維持していくために重要な問題である。高齢者の記憶に関する問題は、今後さらに幅広い調査を行ない、十分な基礎知識の構築と具体策の明確化に力をそそいでいく必要があるだろう。
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