行政機関における化学物質の人体毒性評価に関する日本と米国の決定的な差異をもたらしている最大の理由は、両国におけるレギュラトリ・サイエンスの在り方の相違によるものである、という前年度の研究成果を踏まえ、今年度は、「レギュラトリ・サイエンス」という概念の発展経緯について日米比較を行った。その結果、以下の結論および仮説を得た。(1)欧米でレギュラトリ・サイエンスという概念の普及にもっとも貢献したのは、科学論者であり、法学者であるシェーラ・ジュサノフ(ハーバード大学教授)である。彼女は1990年、リサーチ・サイエンスとの相対比較によってレギュラトリ・サイエンスを定義した。その視点はすぐれて社会学的。(2)一方、日本ではジャサノフとは全く独立に、内山充(元東北大学教授、薬剤師研修センター理事)が1970年という早い時期からからレギュラトリ・サイエンスの概念を打ち出していた。その内容は、レギュラトリ・サイエンスには従来の科学とは全く異なる目的・方法が必要とされる点を明示するもので、自然科学的かつ創造的。(3)しかしながら、レギュラトリ・サイエンスの規模、レベルにおいて、日本はアメリカよりもはるかに劣っているといわざるを得ない。その理由は、第一に、日本では内山の意図するレギュラトリ・サイエンスの真意や価値が、本来、レギュラトリ・サイエンチストを輩出すべき大学や、自らレギュラトリ・サイエンチストたるべき国立系研究機関で十分な理解を得られなかったこと。第二に、内山の影響力を医薬品行政にとどめ、他の関連行政には伝播させないような、省庁間の壁が厚かったことが考えられる。(4)したがって、今後、日本で健全なレギュラトリ・サイエンスを育むためには、レギュラトリ・サイエンスに関する内山の先駆的な主張に、大学、国立系研究機関ならびに関係省庁が真摯に耳を傾ける必要がある。
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