研究概要 |
体力や調整力ないし運動能力に関する研究では、これまでに生理学的・力学的指標に基づいて、あるいはそれらをサイバネティクスにおける神経系の自動制御機構に置き換えることによって、種々のカテゴリー化や因子構造の分析が試みられ、様々な知見を蓄積してきている。その多くからは人間の運動をいわゆる客観的身体として対象化し、因果法則に基づいて運動実現を保証すると考えられる条件としての要素や因子に分解し、客観的モデルとしての体力構造ないし能力構造を構築するという意図が見受けられる。 このような、人間の運動現象をとおしてその背後に能力としての因子のみを見出そうとする「能力還元的発想」(1)は、運動が「できる」ために必要な能力因子を一つの独立した要素とみなし、それらの構築を運動の達成と捉えていることになる。またこの発想は、運動のメカニズムを理解しそこに必要とされる能力、欠落している能力を補えば運動はできるようになり、さらに構成因子をより強化すれば技能も向上するという短絡的な図式を、暗々のうちに前提にしないわけにはいかなくなる。またこれらの研究では、要素や因子が客観化されると同時に、その検証実験として定量的研究へと強く傾斜していく。 しかし我々が運動技能を獲得したりそこに要求される体力の向上を図るときには、メルロー=ポンティの言う「現象的身体」(2)において生起する現象が主題であり、それらの現象は定量化を拒んでしまう。従って、運動達成に関わる体力や調整力ないし運動能力といった能力系の問題圏は、知覚世界を思考するという目的のためにのみ意味をもち、意識の対象であるという「構造」(3)の視点からの研究によって明らかにされなければならない。またこの視点に立ってはじめて、運動が目的に向かって発生し動的に変容していく過程、つまり主体が運動を現実化させていく過程のなかでの体力や運動能力の獲得・形成・発達といった問題を見ることができるのである。 これらの認識に基づいてさらに、多様に捉えられる体力や運動能力を機能としていくつかのカテゴリーに整理することができるかという問題、あるいは個人が一人で多面的にもつことができる多様な力は、相互に関係しあい浸透しあっているのかという問題を明らかにしていくことが今後の課題である。 (1)浜田寿美男;「発達心理学再考のための序説」ミネルヴァ書房1995 p.249 (2)メルロ=ポンティー,M.;「知覚の現象学I」みすず書房 1975 p.233 (3)メルロ=ポンティー,M.;「行動の構造」みすず書房 1964 p.216
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