本研究では、主に2つのテーマに取り組んだ。第1は、長崎県長与町における計画の言説と実践及び住民の評価に関する研究である。計画の言説に支配的な物語は「都市と農村との調和」である。計画の目標は、実践レベルにおいて、農業地域(保全)と都市化地域(開発)の地域指定を通した土地利用規制、公共施設の配置や道路・交通ネットワークといった建造環境の整備によって実現が図られる。その結果、中心と周辺といった地域格差が自治体内レベルで社会・空間的に再生産される結果につながっている。一方、住民は、自らが帰属意識を持つ自宅周辺や近隣地区の状況でもって計画・政策を評価する傾向にあり、例えば農業景観は多くの(特に中高所得者層の新)住民にとって生産空間ではなく風景の一部として評価される。第2は、1990年代における日本の農村政策転換に関わる政府の農村の表象に関する研究である。1999年7月に施行された「食料、農業、農村基本法」、新農村政策に関わる審議委員会の資料や答申などの分析から次の3つが指摘できる。(1)農業基本法で謳われた農業近代化というカードが捨てられ、ポスト生産主義的な傾向が顕著になりつつあり、それは「農業の多面的機能」という言葉に見て取れる。(2)1つの農村地域という見方は崩壊しており、地域分化をどのように据えるかが政策の鍵となっている。その際、特に「中山間地域」が新しい地域範疇として注目される。(3)田園空間整備事業に代表されるように、公文書のなかで「田園」という言葉が頻繁に使われる傾向にあり、「農業の村」という表現は薄れつつある。生産空間としての農村の意味が拡散していくなかで、現実の農村空間は様々な表象のシンポリックな闘争状況に置かれているが、農村をめぐる社会政治的状況下で計画や政策の言説は強い力を保っており、農村をめぐる素人言説の内容と両者の関係に関する実証的分析が次の課題である。
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