研究概要 |
本年度は,タイ語とカンボジア語における,韻律的特徴と統語的境界表示との関わりについての調査をおこなった.手順としては,タイ語とカンボジア語それぞれで統語的曖昧文を用意し,それぞれの母語話者に発音してもらい録音,境界直前の音節の韻律的特徴を物理的に計測した上で,その音節の1)長さ2)ピッチ曲線3)直後のポーズの長さを機械的に編集した音を作成し,母語話者による知覚実験をおこなった. この調査によりわかったことは以下のとおりである. 1)タイ語は声調言語であり,ピッチの高低を主に単語の意味の弁別に用いているため,統語的情報の表示には使いにくい.かわりに境界直前音節の延長により境界を表示している.音節の延長があれば,ポーズがなくても境界表示は可能であることがわかった. 2)カンボジア語は非音調言語なので,境界表示にイントネーションも使用可能.ピッチ上昇によって境界を表示することが多いが,この上昇は必ず起こるとは限らない.境界直前で音節長は延長されるが,タイ語に比べこの延長は不十分である.そのため,境界表示にポーズが果たす役割が相対的に大きく,ポーズを取り去ると意味判別がかなり困難になることがわかった. 3)タイ語がカンボジア語に比べ音節の「可塑性」が高いのは,音節構造上長い単母音を含む音節が多く,重母音を含む音節が少ないためと考えられる.現にタイ語もカンボジア語も,重母音を含む音節は,単母音を含む音節に比べ終端延長の割合は少なかった. 4)日本語も,ピッチの高低を単語の意味区別に用いているが,同時に統語的情報の表示にも用いている.これは,日本語の音節のほとんどがCVという可塑性の低い形式をもっているためと考えられる. 今回の調査で得られたこれらの知見は,多く言語学会で発表の予定である.さらに来年次は,これらの知見を日本語教育に生かす方策について考察を進める計画である.
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