本研究では、コンピュータと人間の演奏を分析することにより、人間の合奏におけるテンポ制御モデルを推定した。合奏において、人間の演奏者は他の演奏者と協調して演奏を行なう。そのとき、人間はどのようなテンポ制御モデルに従って演奏を行なっているのかを見出すため、人間とコンピュータの合奏を収録した。人間の演奏者(ピアニスト)は、あらかじめ決められたテンポ変化により演奏するコンピュータとの合奏を行なった。テンポ変化の起こる時点はランダムになるように配置した。人間の演奏者はコンピュータのテンポ変化に合わせて、自分自身の演奏テンポを変える必要がある。このような人間のテンポ変化を以下の二つのパラメータの観点から分析を行なった。一つはコンピュータと人間との演奏の時間的なずれDであり、もう一つは音符の時間長(テンポの逆数に相当する)のずれTである。これら二つのパラメータと人間が次に演奏した拍の時間長N(演奏モデルで予測すべき変数)との相関係数を計算したところ、(1)Dが30ミリ秒よりも大きい場合、DとNの相関係数は0.9であるのに対し、TとNでは0.7となった。(2)Dが30ミリ秒以下の場合、DとNの相関係数は0.5であるのに対し、TとNでは0.8となった。これらの結果から、人間のテンポ制御モデルに対して、以下の仮説が導かれた。(a)演奏者間のずれが30ミリ秒より大きいときには、次拍の長さはずれと相関が高い、すなわち、人間の演奏者はずれを減らすように演奏する。(b)ずれが30ミリ秒以下の場合、次拍の長さは前拍の長さのずれと相関が高い、すなわち、人間の演奏者は相手とのテンポのずれを減らすように演奏する。このテンポ制御モデルを伴奏システムなどの協調演奏システムに応用することにより、人間らしい自然なアンサンブルを実現できるであろう。
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