ヒト肺腫瘍細胞のチオレドキシン還元酵素(TR)は活性中心にセレノシステイン残基を持つセレン含有酵素である。本酵素はNADPHの還元力により蛋白質チオレドキシンの活性中心のジスルフィド結合を還元する。本研究ではTRのセレノシステイン残基の触媒的役割を明らかにすることを目的として、本酵素の立体構造の解析およびセレノシステイン残基の触媒作用について酵素化学的検討を行なう。本酵素はエールマン試薬(dithio-bis-4-nitrobenzoate;DTNB)も良好な基質になるのでDTNB還元活性を指標にして、ヒト肺腫瘍細胞からの酵素精製を行った。しかし精製途中の酵素活性が速やかに消失するために本研究の目的に必要な量の酵素を精製することは困難であった。酵素の安定化要因も検討し安定性の向上も図られたが精製酵素の調製はできなかった。そこでRT-PCRクローニングにより大腸菌内でTR酵素の前駆体を大量発現し、これを化学的修飾してTRを半人工的に作製し研究に用いることにした。まず逆転写酵素を用いて肺腫瘍細胞のmRNAからcDNAを調製した。これを鋳型として、これまで報告されているTRの遺伝子配列情報を基にしてPCRプライマーを作製してPCR反応を最適化させた結果、目的の大きさのDNA断片を得ることができた。興味深いことにこのPCR産物をベクターにライゲートして大腸菌内にクロー二ングすると、1本のシグナルとして認識されたPCR産物が実は二種類のDNAを含んでいることが分かった。これは肺腫瘍細胞内のTRのアイソザイムであると考えて現在塩基配列の解読を行っている。
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