本研究では、生体との非特異的な相互作用が小さいリン脂質ポリマーを用いて、特定の細胞を安定に保持できる新しい組織/細胞工学用材料の創製を目的としている。 平成11年度はリン脂質ポリマーと生体成分との作用を理解するために、リン脂質ポリマーで表面構造を厳密に制御された基質上での生体成分との作用について調べた。代表的なリン脂質極性基を有するメタクリル酸エステルω-メタクリロイルオキシアルキルホスホリルコリン(MAPC)は既報に従い合成した。続いてコロナ照射法を用い、MAPCポリマーのグラフト密度を傾斜的に変化させた表面を調製した。この傾斜表面において血漿タンパク質の吸着および血液細胞、繊維芽細胞の粘着や形態変化を調べ、脂質ポリマーの化学構造の違いが生体成分の挙動に及ぼす影響を考察した。 Poly(MAPC)をグラフトした表面におけるフィブロネクチンの吸着量を酵素標識免疫法を用いて測定した。ポリ(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)(Poly(MPC))、ポリ(6-メタクリロイルオキシヘキシルホスホリルコリン)(Poly(MAPC))をグラフトした表面では、フィブロネクチンの吸着量がグラフト密度が増すにつれて減少した。一方、ポリ(10-メタクリロイルオキシヘキシルホスホリルコリン)(Poly(MDPC))をグラフトした表面では、フィブロネクチンの吸着量がいったん減少するが、ある密度以上になると再び増加した。MAPCユニットのメチレン鎖に着目して比較するとpoly(MHPC)をグラフトした表面がフィブロネクチンの吸着を最も抑制した。続いて、ヒト繊維芽細胞を培養した。フィブロネクチンの吸着と同様にpoly(MHPC)をグラフトした表面が最も繊維芽細胞の粘着を抑制した。 分子構造および材料構造の双方に着目し、リン脂質ポリマーと生体成分をを明確にすることができた。特に、MHPCポリマー表面はリン脂質極性基の配向性から、MHPCユニット組成が低い場合においても、効果的にタンパク質の吸着および細胞の粘着および活性化を抑制し、表面密度によってこれらを制御できることが明らかとなった。
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