1 プラトン哲学における「よく生きる」ことの重要性と、そのための探求の道としての哲学の意義を、本年は『メノン』において徳の探求に行き詰まったメノンが提示するパラドクス-何であるか知らないものについては探求できない-と、それに対するプラトンの解決-学習は想起であるとする想起説-を手掛りとして探求した。想起説が具体的にどのような仕方でパラドクスの答えになっているのかということは、パラドクスの内容の問題とともに、『メノン』解釈における大きな論争点の一つになっている。この問題について私は、パラドクス提示に際してメノンの念頭にある「メノンを知る」という事例は、よく生きるために必要な「汝自身を知れ」という勧告と関連し、『メノン』という対話篇の中で非常に大きな意味をもっているという新解釈を提示した。すなわち、メノンは実生活を支配する一般的価値観に立ちつつ、「メノンを知る」を単なる見知りの問題として捉えているが、ソクラテスは、単なる見知りでは満足しない哲学本来の立場から、「メノンを知る」という事例とパラドクスとを考えており、そしてプラトンは、これら二人の知に対する理解のギャップを見事に利用しながら、パラドクスと想起説を提示しているという解釈である。この研究の成果は、「メノンを知ること-メノンのパラドクスと想起説-」として年内には発表される予定である。 2 その他、ヘレニズム時代の実生活と哲学の関係については、セクストス・エンペイリコス『学者たちへの論駁』第1〜第6巻の翻訳を前年度に引き続き行なった。
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