アジアからの視点をこの問題領域(トランス・カルチュラル・エステティックス)に確立するその基礎作業がおこなわれた。第一に方法論的な基礎付け作業。アジア各国の芸術文化のトランス・カルチャー的性格を仮説的にパターン化し、分類し、その共通性と差異を明らかにする試みには、サろードの「オリエンタリズム論」に代表されるポスト・コロニアルの批評理論とヴェルシュの「越境文化」に関する哲学理論の力を借ることが必要であった。第二にアジアの視点を確立する作業について。この方法意識に積極的にアジアの研究者の意見を取り込むことこそが今年度の研究の眼目であった。韓国の2人の研究者(嶺南大学の美学科教授、閔氏とソウル近郊、南部地域に新設された現代美術館の館長金女史)からは、この研究の問題意識が韓国側の伝統と現代文化をめぐる共通の意識に立つものであるとの意見が韓国での意見交換の場で寄せられた。日本国内では東京芸大教授で現代美術家の川俣正氏との間でヴェルシュの「越境文化」概念が現代美術のシーンに見られるものであることが議論された。また日本の近現代の芸術文化の中では従来は学問的考察の対象とはなって来なかった大衆芸能(「いけばな」文化や宝塚歌劇団の舞台)が、インタヴューの形で実際に実践化と対話することによって研究の視界に入ってきた。本年度の主要な研究成果は、芸能文化について書かれた2篇の論文である。
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