本年度はこれまで取り上げたテーマから主に(1)言語理論内部の知見を自然諸科学と関連づけることによって科学の統合を図るいわゆる統合問題へのアプローチ、(2)進化論的な見地からの言語機構の妥当なモデルの模索、の二点に焦点を当てて考察を深めた。(1)については現在の生成理論がバイオ言語学を謳う一方で一見、現代生物学とは相容れない完壁性・最適性の主張を生体システムとしての人間言語について行っている点を再考し、これが言語全体ではなくその計算系のみについての主張であることを確認することで両者の衝突は氷解するとした。代表的なケースとして生成理論が採択する断続平衡説は自然選択を否定するのではなくそれが有効に機能するためにまず存在しなければならないものの重要性を指摘するものである(前年度報告参照)し、これはちょうど生得説が経験基盤の学習を完全に否定するかわりにそれが意味を持つために必要な前経験的認知制約の存在を指摘したのと平行的である。これに限らず統合問題はこれまで相反すると考えられてきた現象領域や理論間に繋がりを見出すことを求めるものでもあり、本研究ではとりわけ言語の起源と進化(系統発生)・獲得と発達(個体発生)に加えて派生・計算(ミクロ個体発生)の二つのレベルでの発生を言語理論内でまずまとめ上げることの重要性を指摘した。(2)についてはいわゆる行為文法についての神経心理学的知見から特に部品組立型の併合操作の存在が人間言語の成立に決定的な役割を果たしたとし、従来のモジュール文法観における統語前的語彙操作が典型的にこのタイプの併合操作として特徴づけられることから、語彙部門を統語部門へ吸収すべきこと(前年度報告参照)をさらに裏付けるにとどまった。なお、以上の一部は科学技術振興事業団主催・異分野研究者交流フォーラム『ゲノムと言語』(平成13年12月)および上智大学言語学講演会『生物言語学-基本的問題と展望』(同)にて断片的にではあるが公開済みである。
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