我々はアフリカ睡眠病の病原寄生虫であるトリパノソーマ(Trypanosoma brucei)が、アラキドン酸からプロスタグランジン(PG)D2・E2・F2αを合成することを見出した。T.bruceiのPG合成活性は、熱処理により失活し、ヒトのシクロオキシゲナーゼ阻害剤である非ステロイド性抗炎症剤(インドメタシン・アスピリン)により阻害されないことから、哺乳類のシクロオキシゲナーゼとは異なる酵素系により触媒されることが明らかになった。さらに、T.bruceiの可溶性画分に、PGD2・E2・F2αの共通前駆体であるPGH2をPGF2aに還元するPGF合成酵素活性を検出し、本酵素をSDS電気泳動上均一に精製した。さらに、精製酵素のリジルエンドペプチダーゼ処理により得られたヘプチドのアミノ酸配列を決定し、その配列に基いて合成したオリゴヌクレオチドを用いたRT-PCRにより、T.bruceiのPGF合成酵素をコードする全長cDNAをクローニングした。得られたcDNAから予想されるアミノ酸配列を用いた相同性検索の結果、T.bruceiのPGF合成酵素はアルド・ケト還元酵素遺伝子ファミリーに属し、且つ、動物や細菌のアルド・ケト還元酵素とは進化的にかけ離れた新しいメンバーであり、病原寄生虫リーシュマニアにおいて報告されているアルド・ケト還元酵素類似蛋白質と進化的に最も近縁関係にあった。PGF2αは哺乳類の生殖に重要な機能を担っている物質であり、トリパノソーマ感染症患者ではPGF2αの過剰生産や、それに伴う不妊が報告されている。従って、寄生原虫由来のPGF2αがトリパノソーマ感染症における不妊の一因として作用する可能性が考えられる。
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