われわれは今回の研究において有機塩素系化合物の細胞内のカルシウム濃度に対する影響を明らかにすることを研究した。実験系を確立するにあたりラットの大動脈血管平滑筋組織を使用した。平滑筋組織の細胞内にカルシウム濃度の指示薬である蛍光ケージ試薬(Fura-2)を取り込ませ、同時に平滑筋の収縮を張力トランスデューサーを用いて測定・記録した。組織を刺激したときに、ケージ試薬の蛍光強度増加を分光光度計で測定することで、細胞内カルシウム濃度上昇とその生理機能である収縮を同時に測定できることが可能になった。こうして我々は平滑筋収縮細胞内カルシウム濃度同時測定法を確立した。 今回の実験系においてトリクロロエチレン(以下TCI)を作用させた。ケージ試薬にはFura-2を使用した。TCI存在下において。等張性高カリウム液によるCa濃度上昇(ケージ試薬の蛍光強度増加)と収縮、ノルアドレナリンによるCa濃度上昇と収縮はどちらも抑制された。とくにTCI存在下では、相対的にノルアドレナリン刺激による細胞内Ca濃度と収縮の方が強く抑制された。TCIがCa2+-Free液中におけるノルアドレナリンによる細胞内カルシウム濃度上昇と収縮を減少させたことから、TCIは細胞外のカルシウム流入よりも、細胞内カルシウムの遊離を強く抑制するといえた。α1受容体から筋小胞体のカルシウムチャネル(IP3受容体)までの経路が、TCIによって抑制されていると考えられた。これまでTCIが障害性の機序として生理的なシグナル伝達に関連したと考えられたことは無い。 今回我々が確立した平滑筋収縮細胞内カルシウム濃度同時測定法によって、細胞内カルシウムを中心とした化学物質による障害の作用機序を明らかにすることができる。今後は、平滑筋組織だけではなく単離細胞も用いることでケージ試薬の測定精度をあげて、より詳細なTCI作用機序について研究する予定である。また、TCI以外の有機溶剤(トリクロロエタン、ジクロロメタン他)を用いた研究を行っていく。
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