エナメルタンパク質は歯根膜細胞に作用してセメント質その他歯周組織を再生・誘導する働きがあると報告されている。実験初年度、我々はラット切歯の背部皮下埋植実験系を用いて、エナメルタンパク質が歯根膜以外の結合組織に対しても硬組織誘導作用を有する可能性があることを報告した。しかし今年度同様な系で追試を行った結果、形成期エナメル質表面への硬組織形成誘導現象は再現性に乏しく、エナメルタンパク質の硬組織誘導活性を実験的に証明するには至らなかった。但し頻度は低いながらも、埋植歯周囲にセメント質様組織に加え生体同様な空間配置を示す歯根膜や歯槽骨様構造が形成されるケースも認められたことから、エナメルタンパク質生物活性について今後も継続して検討する必要があると思われた。 また本年度は副次的成果として、エナメル質の結晶成長に果たすエナメル芽細胞とエナメル蛋白質の役割を示唆する貴重なデータを得ることが出来た。すなわち、エナメル芽細胞層を剥離して皮下に埋植した切歯に於いては、埋植時に基質形成期にあった幼弱エナメル質のX線不透過度が短期間で著しく亢進すること、また、このX線不透過度の亢進は既存のエナメル質結晶が成長したためではなく、既存の結晶間に新たに多数の微細アパタイト結晶が沈着したためであることが明らかとなった。従来より、基質形成期エナメル芽細胞層の連続性が失われてエナメル芽細胞層の物質拡散バリアーとしての機能が障害されると、局所のエナメル質の石灰化度が上昇することが知られていた。このような石灰化度の上昇とエナメル質成熟化との関係は不明であったが、本研究により、石灰化度の上昇がアパタイト結晶の巨大化を伴う本来のエナメル質成熟化とは全く異質な現象であることが初めて明らかとなった。エナメル芽細胞は基質の合成・分泌に加えエナメル結晶の特異な発達を可能にする閉鎖環境を整えていることが示唆された。
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