糖尿病(DM)患者では、インスリン抵抗性が高率に出現する。研究代表者は、その原因を受容体の周辺環境に求め、細胞膜に存在する糖脂質を研究してきた。すなわちインスリンは細胞膜上の受容体に結合し、そのチロシンキナーゼ活性(InsRK)を高めて作用を発現するが、ある種の糖脂質、すなわち2→3sialosyl-paragloboside(SPG)とsialosyl-norhexaosyl-ceramide(SnHC)がInsRK活性を特異的に阻害することを明らかにしている。昨年度までは、これらの糖脂質が実際にヒト脂肪組織に存在し、2型DM患者で高度に発現していることを報告した。引き続き今年度は、皮下脂肪と内臓脂肪についてDM患者と非DM患者で比較検討を行った。 某院外科入院患者から十分なインフォームド・コンセントを得た上で、腹部悪性腫瘍の摘出時に、非腫瘍部分から内臓脂肪と、臓器摘出によって過剰となった皮膚より皮下脂肪を、それぞれ約1グラム採取した。脂肪組織をホモジェネートし糖脂質を抽出の後、Folch分配法で糖脂質画分を得、高分解能薄層クロマトグラフィーで分離定量を行った。 その結果、皮下脂肪ではSnHCの発現が糖尿病患者で多くみられたのに対し、内臓脂肪では糖尿病の有無に関わらずSPGとSnHCが高度に発現していることが判明した。さらに内臓脂肪にはSnHCより長い糖鎖をもつネオラクト系ガングリオシドが認められた。すなわち内臓脂肪と皮下脂肪では糖脂質組成が異なることが確認された。一方、糖尿病の有無が内臓脂肪の糖脂質に明らかな差を生じ得なかった理由は、以下のように考えられる。すなわち、内臓脂肪は門脈に至る前の血流で栄養されており、皮下脂肪に比べると常に高血糖状態に曝される。脂肪細胞内に取り込まれるグルコースを制限し、インスリン感受性を皮下脂肪よりも下げるには、糖尿病型の糖鎖パターンの方が合目的的と考えられる。この仮説を検証するには腸間膜循環系での血糖値の検討が必要と思われ、今後も引き続き解析を進める予定である。
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