2010年6月に、自然海水を用いて珪藻と円石藻ブルームを生成させるメソコズム実験(模擬生態系実験)を11日間実施し、DMSP及びDMS生成量の変動をモニタリングした。この実験系において、藻類ブルーム後の細菌数の増加に伴ってDMSが急激に生成される過程を観察することができた。この時に採集された環境DNA試料を用いて、細菌群集構造解析及びDMS生成過程における関連遺伝子の定量PCRを行うことにより、変換機能をもつ細菌群の特定とその変動を明らかにした。フィルターに捕集された微生物細胞からDNAを抽出し、DMSP変換経路に関わる主要代謝遺伝子をターゲットとして、定量PCR法による遺伝子コピー数の定量を行った。対象遺伝子として、(1)DMSPリアーゼによるDMSへの直接的変換遺伝子(dddP遺伝子)、(2)アシルコエンザイムとの結合を経てDMSへ開裂する変換遺伝子(dddD遺伝子)、(3)脱メチル化によるメルカプトプロピオン酸への変換遺伝子(dmdA遺伝子)の3つを解析した。また、dmdA遺伝子は多くの細菌種が保有し、配列多様性が高いため、8つの異なるプライマーセットを用いて、8種類のタイプ別に計数した。いずれの実験区においても、dmdA遺伝子のコピー数がdddP遺伝子の150-800倍多く検出されたことから、DMSPをDMSに変換する細菌よりもメルカプトプロピオン酸に変換する細菌の方が多いことが示唆された。さらに、環境試料ではdddP遺伝子の10分の1程度しか検出されないdddD遺伝子がdddP遺伝子よりも多く検出されたこと、dddD遺伝子の増減がDMS濃度の変化と良く合っていたことから、本実験系におけるDMS生成が従来の研究で示されているdddP遺伝子をもつRoseobacter属細菌によるものではないことが示唆された。このようにdddD遺伝子が主要なDMS生成経路となるパターンは海洋では報告例がなく、なぜそのようなパターンとなったのか多様な生成過程の解明のためのさらなる研究が期待される。
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