研究概要 |
魚類の春機発動(初回成熟,Puberty)機構の理解およびその制御技術の開発は,基礎生物学上の重要性のとどまらず,水産増養殖への応用にとっても極めて重要である。例えば,初回成熟の開始までに多年月を要し,親魚の育成に要する時間,餌,労力,施設のコストなどがかさむようなクロマグロや大型ハタ類などで春機発動が制御可能となり,まだ小型のうちに成熟・産卵させることができれば,増養殖事業におけるメリットは計り知れない。 脊椎動物の性成熟を支配する脳-脳下垂体-生殖腺軸(BPG-axis)の活動は,春機発動の開始に伴い活性化すると考えられているが,魚類ではその詳細は明らかでない。これまでBPG-axisの最上位における生殖制御因子として生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)が知られていたが,近年,哺乳類において,GnRHの分泌を促して性成熟の引金を引く因子,キスペプチン(Kiss)が発見された。急速に進展している哺乳類でのKiss研究に比べ,魚類のKiss研究は少なく,現在,メダカ,ゼブラフィッシュ,キンギョ,フグやシーバスでの研究があるに過ぎず,その機能もほとんど明らかでない。本研究では,春機発動機構解明のための解析ツールと全生活史にわたる飼育実験系が整備されているマサバを用いて,期間内(平成23年9月~25年8月)に,KissによるGnRH制御機構,およびマサバへのKiss投与による春機発動促進効果を明かにする。本年度(平成24年4月~平成25年3月)は,以下の成果が得られた。 1)マサバへのKiss投与による成熟促進効果 産卵期前の未熟な生殖腺をもったマサバ雌雄成魚(2歳)に対して,合成したKiss-1(アミノ酸15個)およびKiss-2(アミノ酸12個)を,徐放作用のあるオスモティックポンプに封入し,腹腔内投与して45日後に取り上げた。その結果,Kiss-1投与した雄では精巣の成熟が促進され,排精に至った。また,Kiss-1投与した雌では卵黄形成の開始が起こっていた。一方,Kiss-2投与した雌雄いずれにおいても,生殖腺の成熟促進効果は認められなかった。 2)マサバ未成魚に対するKiss投与による春機発動促進効果 マサバの初回成熟前の0+魚を対象にして,合成Kiss-1(アミノ酸15個)およびKiss-2(アミノ酸12個)を,カカオバターに封入し,2週間間隔で3回筋肉内投与し,42日後に取り上げた。その結果,Kiss-1投与した雄では生殖腺指数(GsI)が上昇し,精子形成が促進された。一方,Kiss-1投与した雌,およびKiss-2投与した雌雄では,顕著な変化は認められなかった。これらの結果より,マサバではKiss-1が雄の春機発動を促進していることが明らかとなった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでの1年半で,1)雌の成熟・排卵過程における脳内KissおよびGnRH mRNAの発現解析,2)2種のKiss(Kiss-1,Kiss-2)産生細胞の脳内局在,3)マサバ親魚へのKiss投与による成熟促進効果,および4)マサバ未成魚に対するKiss投与による春機発動促進効果,等の成果が得られ,国際学会,国際学術誌を介して公表してきており,概ね順調に進展していると判断した。
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