研究概要 |
2011年度は,離散シュレディンガー作用素の散乱理論,逆散乱問題の最も基本的な場合として,多次元正方格子において有限個の台を持つポテンシャルを伴う場合を検討した.特に,与えられる散乱データのエネルギーを1個に固定した場合の逆散乱問題を解くことを目標として研究を進めた.その際,ヘルムホルツ型方程式の解の漸近挙動に関する基本的な結果であるレリッヒ型定理及びある種の解を特徴付ける放射条件を離散モデルの場合にも得た. レリッヒ型定理は,ヘルムホルツ型方程式の解の空間遠方での減衰速度の下限を示す結果である.この定理は放射条件と呼ばれるある種の解の特徴付けにも基本的な役割を果たす.証明には代数幾何学や多変数複素解析学の手法を援用したその結果,我々の離散モデルの場合には,偏微分方程式で知られている解の漸近挙動とほぼ類似の性質が成り立つことが分かった. 放射条件とは,ヘルムホルツ方程式の解であって,レゾルベントの極限吸収を用いて表せるものを特徴付ける条件である.レリッヒ型定理が得られたことで,離散モデルの場合の放射条件を得た.これにより,放射条件を満たす解を扱うのに優れた関数空間であるベゾフ空間がレゾルベントの極限吸収で表わされる解の漸近挙動で特徴付けられることが分かった. 以上をもとに,逆散乱問題を解いた.逆散乱問題は,擬似的に導入された適当な境界値逆問題と同値であり,与えられた散乱データから対応する境界データを一意に構成できることを示した.この証明の際には,やはりレリッヒ型定理と放射条件が本質的な役割を持つ.離散モデルの場合の境界値逆問題は有限次元行列の問題であり,有限回の手続きにより解くことができる. 関連する結果として,この離散シュレディンガー作用素の本質的スペクトル(スペクトルバンド)に埋蔵された固有値は,有限個の除外点を除き存在しないことを示した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初は境界値逆問題及び逆散乱問題を中心に計画を進める一方,偏微分方程式論で知られているような基本的な結果を離散モデルで得るのは難しいと考えていた.しかしながら,逆散乱問題のみならず,解の漸近挙動に関する基本的性質,埋蔵固有値の非存在など,非常に基本的な結果を示すことができた.その中で,離散モデル特有の様相も少しずつ理解が深まった.これは予想していなかった成果と言える. 他方,離散モデルの連続極限に関する研究は本年度は本格的に着手するには至らなかった.これは今後の課題である.
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今後の研究の推進方策 |
本年度の研究を通じて,離散シュレディンガー作用素は偏微分方程式論と類似性を持つ部分がある一方,スペクトルの性質等をはじめやや異なる様相を示すことが分かってきた.今後は離散モデルと偏微分方程式論の相違点及び関係性,及び偏微分方程式論と明らかに異なる様相を示した部分の詳細を調べていくことが課題となる.具体的には,スペクトルバンドの中に現れたある種のしきい値の性質,正方格子以外の格子での研究,及び連続極限の考察である.スペクトルバンドに現れたしきい値は埋蔵固有値の存在の可能性を残しており,これは連続のシュレディンガー方程式とどのような対応を持つのかが興昧深いところである.また六角格子など,他の格子上での散乱理論やスペクトルの性質など,より詳細に考察することで深い結果が得られると期待される.これらの連続極限を調べることにより,偏微分方程式論との関係も明らかとなると思われる.
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