研究概要 |
1. 多結晶グラファイトへの水素照射シミュレーション 前年度までの研究により、水素プラズマにさらされた単結晶グラファイト中での水素挙動を調べることに成功している. しかし, 現実のダイバータ板は多結晶構造を有する. そこで, 多結晶グラファイト構造を模擬した分子配置を有する標的材料を用意し、水素原子を打ち込む計算を、開発したハイブリッドシミュレーション手法を用いて行なった. その結果, 多結晶グラファイト中でも, 水素原子のエネルギーが運動エネルギーが200eV程度になるとチャネリングが引き起こされることを確認した. 標的材料がアモルファス炭素の場合と比較すると, 多結晶グラファイト中の水素原子は, チャネリングが生じることにより, より深い位置まで侵入することが分かった. また, 結晶粒径を変えたいくつかの標的材料を用意し, そこに水素原子を照射することで, 結晶粒径依存性も調べた. その結果, 結晶粒径が小さいほど, 多結晶グラファイト中の水素原子挙動は, アモルファス炭素中の水素原子挙動に近づくことが分かった. この原因は, 多結晶グラファイトの粒界では, 結晶構造が壊れアモルファス構造を有するためである, そのため, チャネリングによりグラフェン層間を移動してきた水素原子が粒界に到達すると大角散乱を起こし、デチャネリングするためである。ゆえに、結晶粒径が小さく粒界に頻繁に水素原子が遭遇する場合、その挙動はアモルファス炭素中の挙動に近づく。 2. タングステンへの希ガス照射シミュレーション 近年, ダイバータ材としてタングステン材料が注目されている. タングステンにヘリウムプラズマを照射すると, 材料温度が1,000K~2,000Kの範囲にあり, ヘリウムイオン入射エネルギーが20eV~100eV程度であるとき, fuzzとよばれるナノメートルオーダーの直径をもつフィラメント上の構造が形成されることが報告されている, しかし, 同じ希ガスであってもアルゴンやネオンなどヘリウム以外の希ガスプラズマにおいてはfuzz形成に成功しなかったとの実験報告がある. そこで, 二体衝突近似シミュレーションを用いて, 希ガスをタングステンに打ち込むシミュレーションを行い, その侵入長を評価することで, fuzz構造形成の可能性について調べた. その結果, ヘリウムは, スパッタリング聞値よりも低い入射エネルギーでも十分奥深く(数格子分以上)まで侵入できることが分かった. 一方, ネオン, アルゴンの場合, 数十Åより深い位置に入射原子が到達するためには, スパッタリング閾値よりも高い入射エネルギーが必要になることが分かった. スパッタリングが生じる場合, 仮にナノ構造が形成されても, すぐに削られてなくなってしまうことが予想される。そのため, ヘリウムはfuzz構造の形成にいたりやすく、ネオン, アルゴンの場合にはfuzz構造が観察できないとの結論が得られた. 本研究では, さらに, チャネリングと衝突断面積の関係にも触れ, チャネリングが生じる閾値に関する予見も行なった. 物理学会にて, 学生優秀発表賞を受賞した.
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今後の研究の推進方策 |
3年間の研究期間を通じて, 研究目標として掲げていた分子動力学-二体衝突近似ハイブリッドシミュレーションコードを開発することに成功した. また, この計算コードを用いて, グラフェン, グラファイト, 多結晶グラファイトの計算を行ない, 多結晶グラファイト中の水素原子挙動を, より小さな物理スケールから理解するための知見を得ることに成功した, ただし, 本研究で用いたハイブリッドシミュレーションは, 絶対零度下における計算となっている. 有限温度の材料の場合には, 原子の熱振動によるデチャネリングなどが引き起こされることが予想される. 原子の熱振動の効果も考慮した計算コードを開発することが今後の課題になる.
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