研究概要 |
カラーの閉じ込めとカイラル対称性の自発的破れは,量子色力学を理解する上で重要な2つの非摂動現象である.そして,有限温度においてほぼ同時に相転移を示す点などから,これらの現象は互いに深く関連したものと考えられているが,直接の対応については不明な点が多い. 本研究では,両者の関係を論じるため,カイラル対称性の自発的破れに重要となるDirac演算子の固有状態に注目し,格子量子色力学を用いて閉じ込め現象に対するDirac固有状態の寄与を解析した.その結果,カイラル対称性の破れに重要となるDirac演算子の低固有値状態がない場合であっても,閉じ込めを特徴付けるクォーク間の線形ポテンシャルは依然として存在すること判明した.また,有限温度での非閉じ込め相転移に関しても研究を進め,閉じ込めに対して特別に重要であるDirac固有状態はないという結果が得られた.これらの成果は,両者の非摂動現象間の対応が単純な1対1対応でない可能性を示唆する興味深い成果である. また,量子色力学の相互作用を媒介するグルーオンの自由度に注目し,ハドロンの弦的励起状態やCoulombゲージでの閉じ込め描像へのグルーオンの寄与の解析を行った. ハドロンの弦的描像からは,そのハドロン弦の振動に由来する状態も予想されており,実験的にも振動状態の候補が発見されている.この研究では,これらの弦的励起状態への紫外のグルーオンの寄与を解析し,Coulombゲージでは1.5GeV以下のグルーオン成分が重要となることを明らかにした. また,Coulombゲージ閉じ込め描像では,Faddeev-Popov演算子の非自明なゼロ固有値近傍の状態がクォークの閉じ込めに重要な役割を果たすと考えられている.この研究では,これらの非自明な固有状態が生じる原因は赤外のグルーオン成分であることを明らかにした.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
格子量子色力学を用いて,カイラル対称性の自発的破れに重要となるDirac演算子固有状態から閉じ込め力や有限温度における非閉じ込め相転移を解析し,カイラル対称性の自発的破れと閉じ込め現象とは,単純な1対1対応でないことを明らかにできた.また,ハドロン弦の振動による励起状態ならびにCoulombゲージ閉じ込め描像に関して,量子色力学の基本的要素であるグルーオンに注目して解析を行い,それらの状態に寄与するグルーオンの運動量成分を明らかにできた.
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今後の研究の推進方策 |
本研究で進めたカイラル対称性の自発的破れと閉じ込めとの対応について,更に明らかにするためには,高精度のより詳細な数値解析を行う必要がある.しかし,現状での我々の開発したDirac演算子固有状態での分解手法では,膨大な計算コストが必要であり,このままでは精密な解析は困難である.したがって,更に効率のよい計算手法の開発や高性能の計算機の利用が不可欠である.また,これら非摂動的量子色力学真空の性質の理解を進める為には,カイラル対称性の破れだけに注目するのではなく,閉じ込めのみに重要な要素・状態とは何かを明らかにするための研究も必要となる.
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