研究概要 |
酸素貯蔵タンパク質ミオグロビン(Mb)のヘム活性部位の電子構造(特にヘム鉄の電子密度)と機能の関係を明らかにする研究を行った.まず,ヘム鉄の電子密度を大きくかつ系統的に変化させるために,ヘム側鎖として導入するトリフルオロメチル基(CF_3)の数の異なる種々の化学修飾ヘムを合成した.合成したヘムのヘム鉄の電子密度をDFT計算と酸化型Mbの酸塩基平衡定数(pK_a)を用いて定量した結果,予想通り導入したCF_3基の数が多いヘムでは大幅にヘム鉄の電子密度を減少していることが確認された. 次に,Mbの機能である酸素親和性を測定した結果,ヘム鉄の電子密度が減少すると,酸素親和性が低下することが明らかになった.更に,酸素の結合反応速度と解離反応速度の測定から,ヘム鉄の電子密度の減少は,結合反応速度には影響を与えない一方で,解離反応速度を増大させることで,結果的に酸素親和性を低下させることが明らかになった.可視共鳴ラマン分光法を用いて,ヘム鉄の電子密度が酸素とヘム鉄の配位結合の強度に与える影響を解析した.その結果,ヘム鉄の電子密度が減少すると,酸素とヘム鉄の配位結合の伸縮振動数は,わずかに低波数にシフトし,結合強度が低下することが明らかになった.また,DFT計算を用いて,ヘム鉄への酸素結合を安定化させている遠位ヒスチジンとの水素結合を解析した結果,ヘム鉄の電子密度の減少がこの水素結合を弱くすることも明らかになった. Mbが酸素貯蔵機能を果たすためには,ヘム鉄の自動酸化を防ぐ必要がある.そこで,自動酸化反応速度を測定し,ヘム鉄の電子密度と自動酸化反応速度の関係を解析した.その結果,ヘム鉄の電子密度が減少すると,自動酸化速度が減少することが明らかになった.酸素親和性と自動酸化速度を比較すると,ヘム鉄の電子密度による機能調節では,酸素親和性の低下と自動酸化の抑制を同時に達成できることが明らかになった.この知見は人工血液の創成などに応用できると考えられる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ミオグロビンにおいて,ヘム鉄と電子密度の変化がヘム鉄に結合した酸素の状態に及ぼす影響を半定量的に明らかにした.したがって,活性部位の電子状態がその構造にどのような影響を与えるかについて有用な知見を得ることができた.さらに,ヘム鉄の電子密度の変化を通して,酸素親和性だけでなく,自動酸化反応速度を調節できることも実証できた.
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今後の研究の推進方策 |
これまで,天然のマッコウクジラのミオグロビンやその変異体を用いて研究進めてきたが,活性部位の構造が異なるレグヘモグロビン等の異なるタンパク質おいても同様の解析を行なっていく,また,本研究では化学修飾ヘムを用いてヘム鉄に電子密度を変化させた.化学修飾により,ヘム鉄の電子密度だけでなく,タンパク質の立体構造にも影響を与えている可能性がある.これまで,NMRを用いてヘムの化学修飾がタンパク質の立体構造に大きな影響を与えていないことを確認しているが,そのことを詳細に解析するために,X線結晶構造解析を行う予定にしている.
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