研究概要 |
現在標準的に受け入れられている宇宙論モデルでは,5%が銀河でそれ以外は電磁波を放射しないダークマターとダークエネルギーで構成されていると考えられている.ダークエネルギーに至っては重力との相互作用もないとされており,電磁波をたよりに天文学的な手法で観測するのは困難である.これを解決するために物質の存在により光の道筋がゆがむ重力レンズ現象を使った「弱重力レンズ解析」と呼ばれる手法が提案されている.この手法を使えば,23%のダークマターの分布を観測することができるので,のこりの72%のダークエネルギーを調べる有効な手段として考えられている. これまでにいくつか弱重力レンズ解析を使ってダークマターの集中を探査した例がある.この手法によれば天球面に投影した質量面密度を得ることができるが,理想的には,この密度分布中に見出だせるピークは銀河団や視線方向に連なった大規模構造に起因するはずである.質量面密度中に見つけるピークの個数は構造形成史に敏感であり,個数を数える統計量のことを「ピーク統計」と呼んでいる.この統計量は天体の選択効果に寄りづらい堅牢な宇宙論パラメータの制限法の一つと考えられている.これまでいくつかのグループにより,弱重力レンズ解析を用いた質量面密度のピーク探査が行われて来た.検出されたピークは主に銀河団に起因する場合が多いので,独立した観測(X線やメンバー銀河の速度分散)で検証したところ,多くの(20-50%)ピークに対応天体が付随しないことが知られており,これらの起源は謎であった.ピーク統計を使って宇宙論パラメータに制限を与えようとしても,正体のはっきりしないピークの混入を許しては高精度の制限を与えることは困難である. これをふまえ,申請者はまず系統誤差の解析を行い,その存在を明らかにし,最小化する手法の開発に取り組んだ.重力レンズによるひずみ場はベクトル場で表すことができる.ベクトル場は一般に二つのモードに分けることができて,電磁気学の用語に習ってE-mode/B-modeと呼ばれる.重力レンズの信号はE-modeにのみ寄与し,B-modeの信号は生成されない.したがって,B-modeに信号があるとそれは系統誤差ということになる.一方で測定した銀河形状からひずみ場を構築するので,銀河が本来持つ楕円率ベクトルがつくる信号はE/B-modeどちらにも寄与し,統計ノイズとして観測される。これをふまえると「弱重力レンズ解析で達成すべき系統誤差(B-mode)の大きさは銀河固有の形状の分散から予想される程度に収まるべきである.」という解析のゴールを設定できる.
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