本年度は、公的医療保険制度の保険者である健康保険組合の財政管理と節税戦略、および精神疾患が家族構成員の労働供給に与える影響をテーマとした二つの研究を実施した。 研究の目的は、(1)老人保健制度や退職者医療制度への拠出金の変化に対して、健康保険組合がどのように対処しているかを明らかにすることである。厚生労働省保健局に申請し、入手した個別健康保険組合の「収入支出決算概要表」(2004年~2009年)などの財務諸表の詳細データに基づいて、拠出金の負担を保険料負担として、事業主や従業員に転嫁するのか、あるいは内部留保で対応しているのかについて明らかにするための分析を行った。また、これらの意思決定に節税のインセンティブが働いているのかについても注目した。(2)精神的健康が、家計内の他の家族構成員の労働供給に与える影響について明らかにすることである。厚生労働省に申請し、許可を得た「国民生活基礎調査」の匿名データ(2004年)を使い、精神疾患と家族構成員の労働供給の因果関係を推定するため、精神病患者を無作為に家計に割り振るというランダム実験の設定を再現する分析を行った。観察可能な個人と家計の特性をコントロールした上で、家計に精神病患者が割り振られる条件付き確率を計算し、個人の傾向スコアとした。傾向スコアマッチング法(Propensity Score Matching)を用い、傾向スコアとマッチング・アルゴリズムに基づいて処置群と未処置群に分け、精神病患者の出現が家族構成員の労働供給に与える影響を表す「処置群の平均処置効果」を推定した。 以上二つの研究は、日本における最新のミクロデータを駆使した実証研究である。医療制度の変革に応じた保険者の意思決定のプロセスや、精神疾患がもたらした家計の時間・資源配分への影響などを明らかにした研究結果は、医療経済学分野において文献に貢献できる。
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