研究概要 |
走運動による神経新生促進機構におけるアンドロゲンの役割を明らかにするために,走運動が海馬のアンドロゲン濃度に与える影響について検証した。これまで,脳は脂質に富む臓器であり,脂溶性であるアンドロゲンの正確な定量は困難とされてきた。本研究では,アンドロゲンを有機溶媒抽出後,C18カラムで不純物を除去した。さらに,海馬内のアンドロゲンを正確に定量できるLC-MS/MS法を用いて測定を実施した。実験には,Wistar系雄性ラットを用い,精巣摘出(Orchidectomy)群あるいは偽手術(Sham)群にわけ,さらに各群をさらに運動群と安静群に分けた。既に低強度運動(13.5m/min)で神経新生が増加することを確認しており,本研究でも2週間の低強度運動トレーニングを行わせた。トレーニング終了後,ただちに海馬を摘出し,有機溶媒(ヘキサン/酢酸エチル)を用いて,ステロイドホルモンを抽出した。アンドロゲン間のCross-reactivityを避けるためHPLCを用いて分画後,LC-MS/MSに質量分析法を用いて海馬アンドロゲン濃度を定量した。神経新生を促進する2週間の低強度運動トレーニングが海馬アンドロゲン濃度を高めるかを検討した。その結果,低強度運動トレーニングは海馬DHT濃度を増加させ,その効果は精巣摘出群でも維持された。一方,海馬テストステロン濃度及びエストラジオール濃度は運動による変化が見られず,血漿DHT及びT濃度も運動による変化は見られなかった。これらの知見は,低強度運動は血中ではなく,海馬DHT濃度を高めることで,神経新生を促進していることが示唆された。アンドロゲンはBDNFやVEGFなど既知の神経新生促進因子の発現を調節することから,運動誘発性の神経新生促進機構においてアンドロゲンは主要な役割を担っていることが想定される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初の予定通り,実験1:走運動が海馬のアンドロゲン濃度に与える影響について検証し,低強度運動により海馬DHT濃度が上昇することを突き止めた。これまで脳内のアンドロゲン濃度の測定は困難とされてきたが,HPLCとLC-HS/MSを併用した方法を習得し,実験を円滑に遂行することが出来た。また,現在得られた知見をもとに投稿論文を作成し,PNASでMinorrevisionとなっている。これは予定したジャーナルよりもハイインパクトな雑誌であることから,当初の計画以上に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は当初の予定通り,低強度運動で増加する海馬アンドロゲンの生理的意義を明らかにするために,記憶や学習に関わる海馬神経新生へのアンドロゲン作用について検証する。実験は二つ実施する予定で,一つは運動誘発性の神経新生における海馬アンドロゲンの作用を明らかにするために,海馬歯状回へアンドロゲン合成阻害剤および受容体阻害剤が走運動による神経新生の増加に与える影響について検討する。もう一方の実験では,運動誘発性の神経新生におけるアンドロゲン作用機序を解明するために,アンドロゲン受容体阻害剤を投与した時のプロテインキナーゼの変動およびBDNFやVEGFなど発現変化を検証する。これらの知見を得ることができれば,神経新生促進機構におけるアンドロゲン役割および,その機構解明の糸口となることが期待される。
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