研究課題/領域番号 |
11J01381
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
金子 隆威 東京大学, 大学院・工学系研究科, 特別研究員(DC1)
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キーワード | 強相関電子系 / 金属絶縁体転移 / モット絶縁体 / フラストレーション / 量子スピン液体 |
研究概要 |
本研究の目的は、幾何学的フラストレーションの強い量子系の基底状態や低励起状態の性質を、格子ゆがみ・乱れ・外部磁場といった摂動に対する敏感な応答に注目して統一的に理解することである。とくに、極低温でも長距離秩序が生じず明示的な対称性を破らない量子スピン液体状態の物性を明らかにすることを目指した。初年度は、まず、局在スピンの自由度のみで量子スピン液体が実現すると考えられている物質としてカゴメ反強磁性体の銅鉱物に焦点を当て、この系の磁場応答に着目して研究を行なった。次に、量子スピン液体をも正確に記述できる強相関多体系の数値計算手法を整備し、週歴電子の効果で量子スピン液体が実現すると期待されている有機導体の系に適用を試みた。以下に、その詳細を述べる。 1.カゴメ反強磁性体ボルボース石の磁場応答の数値的解析 近年、カゴメ反強磁性体の銅鉱物であるボルボース石の低温での磁化過程に、幾何学的フラストレーションの強い系によく表れる磁化プラトーとは異なった、3つの磁化ステップが観測された。これらの磁化ステップが、相互作用の空間的異方性と次近接相互作用という「摂動」を考慮した巣純な古典カゴメ格子上のハイゼンベルグ模型でも再現されることを、我々は既に提唱していた。量子ゆらぎがカゴメハイゼンベルグ模型の低励起状態に与える影響を明らかにする目的で、相互作用に空間的異方性のある量子カゴメハイゼンベルグ模型の磁化過程を厳密対角化法により解析した。厳密対角化による36サイトまでの計算の結果、カゴメ格子の部分格子の磁化過程が古典系と量子系で定性的に類似していることが分かった。このことは、古典系で予測されていたスピン構造が量子系でも表れることを示唆する。 2.強相関多体系の数値計算手法の整備と有機導体の有効模型への適用 量子スピン液体状態をも記述できる強相関多体系の数値計算手法として、量子数射影多変数変分モンテカルロ法を整備した。空間次元2次元以上の系でこの手法が高精度に電子状態を記述できることは既に確かめていた。今回、常に臨界状態が実現している1次元ハバード模型に、この手法を適用した。その結果、朝永・ラッティンジャー理論で示されている臨界指数も含めて、基底状態の臨界的なふるまいが概ね正確に記述できることを明らかにした。さらに、この手法を有機導体EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2の有効模型に適用し、実現しうる低励起状態を調べた。その結果、スタッガード磁化を持つ基底状態からわずか1K程度しか離れていない低エネルギー領域に、120度構造を持つネール状態やインコメンシュレートな磁化を持つ絶縁体といった、多くの準安定状態が実現していることを明らかにした。この結果は、有機導体に現れる量子スピン液体の物性を理解していく上で重要なものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、幾何学的フラストレーションの強い量子系の基底状態や低励起状態の性質を、格子ゆがみ・乱れ・外部磁場といった摂動に対する敏感な応答に注目して統一的に理解することであった。今年度は,相互作用の空間異方性と磁場という「摂動」に注目して、量子ゆらぎがカゴメハイゼンベルグ模型の低励起状態に与える影響を明らかにした。また、強相関多体系の物性を精度よく計算する手法として、多変数変分モンテカルロ法を整備した。当初の研究目的を達成しており、おおむね順調に研究が進展している。
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今後の研究の推進方策 |
まず,有機導体の素朴な模型である、ホッピングに1次元的・正方格子的な異方性のある三角格子上の1軌道ハバード模型を多変数変分モンテカルロ法により調べる。2つの系を接続するホッピング領域においてスピン構造因子・運動量分布関数を計算し、1次元的なスピン相関を持つ絶縁相および磁気秩序相の拡がりを確定し、基底状態相図を決める。次に、現実物質で生じる状態を大局的に位置づけて物理を理解する目的で、第一原理ダウンフォールディング法を用いて得られた1軌道の有効模型に対して、相互作用の大きさを一様にスケールするパラメータλおよび1次元的異方性を制御するパラメータμを導入し、同様の計算を行う。λ=μ=1は現実の系に、λ=0は相互作用のない系に、μ=0は鎖間のホッピングと相互作用を切った1次元系に対応するようにしておく。第一原理模型の基底状態が(λ,μ)平面の相図の中でどのような物性を示す相に位置づけられるかを、上記の簡単化した模型と比較対照しながら解明する。
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