昨年度までの研究で、強いドナー分子として直鎖アルキル基を導入したジヒドロフェナジン(DHP)誘導体を合成し、強いアクセプターであるテトラシアノキノジメタン(TCNQ)と複合化させることで、電荷移動(CT)錯体を得ることができたが、その固体は微結晶体であり、液晶のようなソフトマテリアルではなかった。また、アルキル鎖によって固体のバンドギャップが変化する原因も不明であった。そこで本年度は、CT錯体にさらなる柔軟性を付加するため、分岐型アルキル鎖を導入したDHP誘導体を合成した。 TCNQと複合化させたCT錯体は、偏光顕微鏡下で複屈折を示し、x線回折測定からカラムナーレクタンギュラー相の液晶であり、ドナー分子とアクセプター分子が交互積層していることが明らかとなった。 赤外吸収スペクトルは、このCT錯体が電荷分離したイオン性にあることを示しており、この物質が世界初のイオン性交互積層型CT錯体からなるカラムナー液晶であることが明らかとなった。この液晶はラビング処理によってラメラ相と考えられる中間相に変化するが、このときラビング方向に対してドナー分子の長軸が配向し、一般的な円盤状カラムナー液晶とは逆の吸収異方性が現れた。これはドナー分子を単純な円盤ではなく、楕円形に近似可能な分子設計を行ったためであり、むしろ棒状液晶に近い性質を発現させることができたといえる。 これら今年度と昨年度に合成したCT錯体の溶液中における会合定数を算出したところ、会合定数の増加とバンドギャップエネルギーとの間に明確な正の相関があることが明らかとなった。この原因は、会合定数が大きいほど固体中におけるドナー・アクセプター間距離が縮まっていることに由来すると考えられる。これは、溶液中の物性(会合定数)と固体における物性(バンドギャップエネルギー)の間にある関係を明らかにした初めての例といえる。
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