研究概要 |
近年,カンラン岩の蛇紋岩化で発生する塩基性流体が噴出する大西洋中央海嶺のロストシティー熱水地域や南チャモロ海山の低温湧水系が発見され(Kelley et al. 2005 ; Hulme et al. 2010),海底の塩基性流体環境が初期地球での生命の誕生及び進化の場の1つとして注目されている(Russell, 2003).本研究では,より実際的な海底熱水噴出孔の条件を設定した室内実験を行い,塩基性の海底熱水噴出孔の有効性を反応速度論的に明らかにすることを目的とした.平成23年度は,海底熱水環境に含まれる金属イオンがアミノ酸の重合速度に及ぼす影響を評価した.様々なpH条件下で,Ca2+,Mg2+,Zn2+,Cu2+をそれぞれ含むグリシン(Gly)水溶液の加熱実験を行い,グリシルグリシン(GlyGly),グリシルグリシルグリシン(GlyGlyGly)およびジケトピペラジン(DKP)の生成・分解速度定数を決定した.Ca^<2+>,Mg^<2+>,Zn^<2+>を含む水溶液におけるGlyGlyの生成濃度は,全てのpH条件で,金属イオンを含まない水溶液の場合に比べて低かった.一方,Cu^<2+>を含むGlyGlyの生成濃度は,金属イオンを含まないものに比べて,酸性の場合では低く,塩基性の場合では高かった.また,Cu^<2+>を含む水溶液でのみGlyGlyGlyが生成し,塩基性で最も高い濃度を示した.DKP生成濃度は,いかなる金属イオンを含む塩基性水溶液でも減少した.Ca^<2+>,Mg^<2+>,Zn^<2+>を含む水溶液では,全てのpH条件で,金属イオンを含まないものよりも低い反応速度を示した.このことから,これらの金属イオンはGlyGlyやDKPの生成を抑制することが考えられる.Cu^<2+>を含む場合では,金属イオンを含まないものよりもCu^<2+>がGly,GlyGly間の反応を活性化し,GlyGlyの環化反応を抑制することが明らかとなった.また,Cu^<2+>はGlyの重合反応を促進し,その促進効果は塩基性でより顕著であることが明らかになった.従来,金属イオンはアミノ酸の重合反応を促進するとされてきたが,金属イオンの種類によっては加水分解反応を触媒するものが存在すること,pHの違いによって触媒効果の程度が異なることが明らかとなった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度では,海底熱水噴出孔で一般的に存在する金属イオンがアミノ酸の重合速度に与える影響を評価することを目的とした.当初の計画通り,様々なpH,金属イオン存在下でアミノ酸の重合速度を求め,アミノ酸と金属イオンの錯体形成過程について考察を行った.そのため,おおむね順調に進展しているといえる.
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今後の研究の推進方策 |
海底熱水噴出孔は水深1000-3000mに分布し,周囲の海及び溶存物質は高圧にさらされる.平成24年度では,ダイヤモンドアンビルセルを用いた高圧溶液反応のリアルタイム測定手法の確立と,グリシン,ホルムアルデヒド,ホルムアミドの重合反応に及ぼす圧力の影響の評価を行う.海底熱水噴出孔は地球のみならず,木星の衛星であるエウロバにも存在する可能性がある,そのため,高温高圧反応のみならず,低温高圧反応についても取り組む予定である.平成25年度には,糖の重合速度に最適なpH条件を明らかにするため,様々なpH条件下でホルムアルデヒドの反応速度定数を求めるため,ホルムアルデヒド水溶液の加熱実験を行う予定である.
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