今年度は前年度までに得られていた結果を具体的な場合で考察することに重点を置いた。特にcoarse Ricci曲率が効果的に働くと考えられている離散的な空間、特にCayley graphへの応用を目指して研究を進めた。 リーマン幾何学でよく知られている分裂定理を一般の距離空間に曲率条件を仮定した上でGigliが証明した。その証明方法はやはり多様体の場合と同様にBusemann関数の挙動、特に調和関数であることを本質的に使って示すものである。しかしもっとも単純であると考えられるもののひとつである整数格子上ですら、Busemann関数は調和関数にならず、同様の手法は使えないと考えていた。そこでグラフ上のDirichlet問題を解くことで調和関数をグラフ上に構成し、その関数を用いて弱い意味での分裂定理を証明しようとした。そのためにcoarse Ricci曲率の下限条件からグラフのある領域上の調和関数の勾配評価を得た。これは正曲率の場合での結果であるので、非有界なグラフにはそのままでは応用が出来ず、研究が行き詰ってしまった。 そこでもう一度Busemann関数の挙動を調べたところ、調和関数には成らないがある非常に性質のよい関数になることが示された。これを用いると与えられた直線上のrandom walkのL1 transportationを具体的に記述することが出来る。これを用いてCayley graphを集合として、適切な二つの集合の直積として表せることがわかった。 Coarse Ricci曲率の幾何学的な意味がこれにより明らかになればますます研究が進み、幾何群論の研究とも交差するよい対象になると信じている。
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