バクテリアの一大グループであるバクテロイデス属は、独自に発達させた滑走・分泌装置をもっている。これらに関わる遺伝子は、既知のアミノ酸配列と全く相同性がないため、既存の知識は、これらのバクテリアが引き起こす病原性やその治療を理解するのに十分ではない。本研究では、この装置のメカニズムにせまるため、土壌に住み、培養の簡単なFlavobacterium johnsoniaeをつかい、主に電子顕微鏡や光学顕微鏡を用いて、ダイナミクスに焦点を当てた研究を進めた。 F.johnsoniaeはガラスや寒天などの固形物表面にはりつき、張り付いたまま滑るように動く、滑走運動をおこなう。この運動時に接着因子としてはたらく700kDaのタンパク質SprBは、既知のどのようなアミノ酸配列とも相同性を持たない。しかし、部分精製した画分をネガティブ染色法で観察すると、長さ150nm、太さ5nmの繊維状の構造をしていた。さらに興味深いことに、抗体と蛍光色素を用いて標識すると、このタンパク質は、バクテリアの外膜表面を約3μmのピッチのらせんに沿って局在し、2μm/sの速さで動き回っていた。 全反射顕微鏡を用いて、この動きを観察すると、タンパク質は必ず左巻きのらせんに沿って動いており、バクテリアが何らかのレールのような構造物を持つことが示唆された。また、SprBの見かけの速さを測定すると、4μm/sとOμm/sの2つのピークをとり、同一のタンパク質が固形物表面との接着力をダイナミックに変化させていることが示唆された。これらの知見は、このバクテリアの複雑な運動様式、例えば前進・後退・反転・回転をうまく説明できる。つまり、接着力の強いSprBのほとんどがバクテリアの末端に向かって動くと、菌体は前進するが、一方、接着力の強いSprBが平行に並んで逆向きに動くとすると、トルクが生まれて、菌体は回転や反転などの挙動を示す。
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