研究概要 |
物質を高圧下にさらすことによる特殊な相や電子状態の発現は、絶縁体-金属転移や超伝導などの観点から物理・化学的に興味深い。ヨウ素分子は酸化剤や導電体へのドーピング剤、医薬品などで用いられている物質であるが、機械的圧力をかけることによる金属転移や単原子化など高圧下の物性が活発に研究されている。このような高圧相を、機械的圧力をかけることなく発現することができれば、新たな機能発現や応用が期待できる。本研究では、骨格の膨張・収縮を伴うスピン転移を起こす多孔性金属錯体[Fe(pz)[Pd(CN)4]](pz=ピラジン;1)の細孔中にヨウ素を導入することで、ヨウ素の高圧相の発現を試みた。多孔性金属錯体1の粉末をヨウ素蒸気に曝すことで、均一なヨウ素導入体1⊃Iを得た。TGAおよび元素分析から1⊃Iの組成を[Fe(pz)[Pd(CN)4]]⊃I1.5と決定した。磁化率の温度依存測定から、1⊃Iが117Kの広いヒステリシスを伴ったスピン転移を示すことを確認した(T1/2↑=320K,T1/2↓=203K)。1と比較すると、ヨウ素の導入によりヒステリシス幅が約6倍に拡大したことが分かった。また、粉末X線回折測定、ラマン、UV-visスペクトル測定から1⊃Iはスピン転移に伴ってヨウ素のcommensurate-incommensurate転移が起こっていることが明らかになった。更に、低スピン状態においてヨウ素は約5GPaの圧力がかかった状態と類似した電子状態、振動状態を示した。すなわち、ホスト骨格の示すスピン転移とゲスト分子であるヨウ素の細孔内での分布、状態変化が同期的に起こることによって、広いヒステリシスを実現したと言える。 このようなゲスト分子の高圧相の発現にスピン転移による骨格の収縮を利用する手法は、今後高圧物性の研究を進める上での新しい指針を示すことができたと考えられる。また、スピン状態によって細孔内のゲスト分子の状態を能動的に制御することは、細孔内輸送や放出の観点からも重要である。
|