研究課題
ハエトリグモの主眼の網膜は、視細胞の光受容部位が4層に積み重なった特殊な構造を持つ。これまでの研究により奥から2番目の層(第2層)は常に"ピンぼけ"であることが示唆され、この発見をもとに「ハエトリグモは主眼第2層で得たピンぼけ像を用いて距離知覚を行う」という仮説を立てた。本研究課題はこの仮説の検証を目的とし、今年度は以下の諸点について実験的研究を行った。・奥行き知覚の行動学的解析:1)前側眼および片側の主眼を塗りつぶしても正確なジャンプが可能であった。このことから、ハエトリグモは両眼視差などの既知のメカニズムによらず距離を知覚していることが明らかとなった。2)背景光として赤色光を使用した場合、ジャンプ距離は実際の距離に比べて有意に短くなった。これはレンズの色収差のために第2層におけるピンぼけの程度が変化したためと考えられ、仮説を支持する結果であった。また、実測したレンズの焦点距離から求めたジャンプ距離の理論値は、赤色光下で観察されたジャンプの距離によく一致した。これらの結果は仮説を強く支持するものである。・組織学的解析:1)樹脂包埋した組織の連続切片を作製し、網膜や視細胞感桿分体の分布などを詳細に解析した。これにより、各層の構造などが、先行研究により調べられている種のハエトリグモと同様であることが確かめられた。2)細胞内記録のための予備的な解析として、主眼網膜の連続切片を用いてオプシンmRNAに対するin situ hybridizationを行い、各層の視細胞の細胞体の位置を3次元的に明らかにした。・視物質・視物質様タンパク質の解析:第2層に発現する視物質Rh1のin vivoでの吸収特性を調べるために、Rh1を視細胞に発現する遺伝子組み換えショウジョウバエを作製した。更にこのショウジョウバエについて、電気生理学的解析の妨げになる眼の遮光色素を遺伝学的に欠損させた。
2: おおむね順調に進展している
行動学的解析によりピンぼけを利用した距離知覚メカニズムの仮説を強く支持する結果を得ることができた。これは本研究課題において極めて重要な成果・進展である。
23年度は行動学的解析で特に大きな進展があり、今後の研究遂行のための足場固めをすることができた。次年度以降は「ピンぼけ視覚」についてより多角的に検討するための生理学的解析、神経基盤の解析などを進めていく。具体的にはまず細胞内記録法による視細胞の電気生理学的解析のための実験系の確立や、視細胞の神経投射の解析などを行う。
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Science
巻: 335 ページ: 469-471
10.1126/science.1211667