研究概要 |
これまでの研究により,サイコパシーは他者の恐怖や悲しみなどの感情を正しく捉えることができないということが示されており,そのような共感機能の低下が道徳を犯すことにつながっていることが予想される。そこで,サイコパシーの共感機能の低下が社会的行動の際の神経活動に影響を及ぼすことを示すため,自己の意志決定によって他者の感情の変化が伴う場面における神経活動を測定した。また,同時に心臓活動を測定し,自律神経系反応との関連も検討した。その結果,被験者のサイコパシー傾向が高いほど,意思決定の際の腹内側前頭前野の活動が低下することを明らかにした。サイコパシーと腹内側前頭前野損傷患者は心理的特徴や行動の特徴について多くの共通点が報告されている。すなわち,本研究の結果はこれと整合しており,サイコパシーの腹内側前頭前野機能不全説を支持するものであった。また,腹内側前頭前野は感情的意思決定に強く関連するということだけではなく,心の理論などの共感システムの一部であると考えられている脳部位である。したがって,本研究により,社会的意思決定の神経メカニズムの中でも,特に共感機能に関わる処理がサイコパシーによって低下することが示唆された。心臓活動もその解釈を支持した。すなわち,他者の否定的な感情を引き起こすような意思決定の際,心拍の拍動間隔の一過性の延長が引き起こされたが,サイコパシー傾向が高い被験者はこの反応が小さいことが明らかとなった。拍動間隔の延長は情報の取り込みに由来すると考えられており,この場合,他者感情という付加情報が引き金になっていると推測される。したがって,サイコパシー傾向が高い者は他者感情を考慮しないということを表象している可能性が考えられる。以上の結果から,サイコパシーの非道徳的行動に共感機能の低下が関わっていることが示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
サイコパシーによる道徳性の低下に関して,如何なる脳領域の機能低下が如何なる認知活動の低下を引き起こしているのか,ということを明らかにすることを目的として実験を行う予定である。そのため,今後の研究では,道徳性が関わる実験課題を用い,サイコパシー傾向の高い被験者グループと,脳損傷患者グループの課題成績を比較すること。
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