研究課題/領域番号 |
11J03636
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
平 久夫 北海道大学, 大学院・理学研究院, 特別研究員(PD)
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キーワード | スピン伝導 / 交流伝導度 / らせん転位 / 量子力学的位相 |
研究概要 |
本研究の目的は、物質の幾何構造と伝導電子のスピン流との相関を解明することにある。らせん転位を有する物質は、ガリウム・砒素・シリコン等の半導体から、グラファイト・多層グラフェン等のカーボン系まで多岐に渡り存在する。これら物質のらせん転位に関する実験研究により、密度・空間分布・転位の大きさ・外力下、有限温度下での移動度等、様々な知見が得られている。一方、理論的側面から、らせん転位が、電子状態・偏光状態・古典スピン波などに興味深い影響を与えることが示されている。この効果が電子のエネルギー構造と運動量構造を含む量子輸送に与える影響を調べるために、交流伝導度は有用な概念である。 そこで、本年度はらせん転位を有する物質中の交流伝導度を理論的に計算した。らせん転位を有する結晶中の伝導電子の運動を長波長近似で扱うと、その波動関数は外部磁場中を動く電子の波動関数とよく似た形をとる。これは、らせん転位誘起ベクトルポテンシャルにより、電子が量子力学的な位相を獲得することを意味する。しかしながら、転位の大きさと電気伝導との関連を注視した研究は半古典的な取り扱いにとどまっており、完全な量子力学的、系統的考察は十分に行われていない。そこで本研究では、らせん転位に起因する電子輸送問題を理論的に考察した。具体的には、単一のらせん転位を有する3次元結晶中の1電子波動関数を導出し、交流伝導度を久保公式を用いて理論的に求めた。その結果、交流伝導度はテラヘルツ領域でピークをもつことが明らかとなった。さらに、系のFermiエネルギーの増大とともに、ピークが振動することを示した。後者の結果は、転位を含まない3次元結晶に対して外部磁場を加えた場合の伝導度変化とは質的に異なる。これはすなわち、らせん転位が誘起する量子位相と、磁場の誘起する位相とが、それぞれ電気伝導に異なる寄与を果たすことを意味する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
本研究課題の目的は物質の幾何学的構造とスピン流との相関を明らかにし、基礎科学から工学的応用までの包括的理解を促進する点にある。このような試みは他に例がなく、研究の基礎的背景の理解が困難であったため今年度前半は研究の進捗が遅れた。しかしながら、今年度後半は多くの研究者と交流・議論を図ることで研究の進展が得られた。その成果は現在論文投稿中であるものの、全体を通して今年度は十分満足のいく成果とは評価できない。 このような状況を鑑みて、現在までの達成度は遅れていると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題は基礎科学から応用科学までを跨ぐ視野が必要であることから、同分野・異分野を問わず、より多くの研究者と交流・議論を深めることが重要と考える。特に本研究課題最終年度は工学的応用を志向するため、応用分野の研究者と密に交流する予定である。そのために、国内外で開催される数多くの学会・研究会に積極的に参加し、研究発表を行う。実際、今年度後半は学会発表時に、多くの研究者と交流を図ることで研究の方向性や新たな視点を得ることができた。具体的には、新たな数値計算手法を用いることで、力学的変形のあるカーボン系固有の特異な電子状態を見出した。これは、最終年度遂行予定の高効率スピン伝導に関する研究に対して有意な寄与を果たすものと予想する。従って、ここで述べた方策に基づく研究遂行は、より実りあるオリジナリティの高い研究成果をもたらすものと考える。
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