研究概要 |
報告者は前年度までに構築したλDNA流動に関する理論モデルをより実用的なデバイス内におけるDNAの流動解明に応用した.λDNAのナノ流路通過は,ナノ流路間に設置された電極により計測されるイオン電流値の変化によって実験的に確認されているが,流路内の様子を直接可視化観察することは困難であるため,λDNA通過と電流変化との対応には不明な部分があった.報告者は発展させた理論モデルによってこの電流値変化を説明することに成功した.理論モデルによるλDNAの流動予測は実験値との比較的良い一致を示した.将来的なDNAシーケンサなどのナノ・マイクロデバイスは今回対象とした系のように,マイクロスケールからナノスケールまで大きなサイズの差を有するデバイスであることが想定される.このような系では数値計算による解析は,莫大な計算コストがかかる.よって今回行った理論モデルによる解析的なアプローチは,デバイス設計において非常に有用であると言える.この結果は国際雑誌に投稿し現在査読中である.また,提案されている次世代DNAシーケンサは,一本鎖DNAを用いることを想定しているが,一本鎖DNAを対象とした流動観察は未だに十分に行われていない.そこで,将来的なデバイスへ応用することを考慮して,一本鎖DNAに着目した一分子レベルでの流動現象解明も行った.一本鎖DNAでは,二重鎖DNAの観察で行う様に蛍光分子をDNAの塩基対間にインターカレートし可視化を行うことが困難である.報告者は24merの一本鎖DNAの片側末端に蛍光分子であるtetramethylrhodamineを結合・しその挙動を観察することで,熱揺動を可視化することに成功した.単一蛍光分子の輝度は比較的小さいため,観察には全反射蛍光顕微鏡を用い,また定量的な議論を行うため配列の異なる三種類の一本鎖DNAを観察するなど工夫をした.得られた実験結果から,一本鎖DNAの拡散係数はその塩基配列によって異なる傾向があることを確認した.ここで確立された計測手法は,一本鎖DNAの可視化計測に有効な方法であると考えられる.この方法により,これまで直接可視化観察されなかった一本鎖DNAの流動を計測することが出来る.この関連成果は学術学会で発表された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
これまでは実験および理論ともに二重らせんであるλDNAを用いていたが,提案されている次世代DNAシーケンサの実用化を考慮すると,一本鎖DNAの流動特性解明が必須である.今年度は全反射蛍光顕微鏡を用いて一本鎖DNAの可視化観察を行った.その結果,配列の異なる三種類の一本鎖DNAの拡散係数に差があることが明らかにされた.ここで構築された手法は一本鎖DNAの可視化観察に有用であることが確認されたので,今後も条件を変えて一本鎖DNAの観察をすることが可能である.これは次世代DNAシーケンサの開発に向けて大きな前進である.
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今後の研究の推進方策 |
今年度はガラス表面近傍に存在する配列の異なる一本鎖DNAの拡散係数の可視化観察による計測に成功した.観察された一本鎖DNAはガラス表面の影響および一本鎖DNAが溶液中でとる高次構造の違いによるものと考えられるがその詳細は未知である.これについて考察するために,まずは高次構造の異なる一本鎖DNAの拡散現象を表す理論モデルを構築する.また壁面との電気的な相互作用についても検証するために,一本鎖DNAが壁面から受ける力について理論的に考察する.また表面との電気的相互作用について考察するためイオン強度の異なる溶液内で実験を行い,その結果から,ガラス表面と一本鎖DNAの相互作用に関する理論構築を行う.最終的にナノ・マイクロデバイスの設計指針として有用な理論モデルの構築を試みる予定である.
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