研究概要 |
川辺林とマングローブ林内におけるテングザルの生態・社会を明らかにし、両生息地の重層社会の構造を比較することが本研究の目的である。川辺林における本種の生態・社会は申請者の先行研究により、ある程度明らかにされつつあるため、データ量の不足しているマングローブ林の生態を明らかにすることが重要である。 マングローブ林におけるテングザルの生態を調査するにあたり、調査予定地においての予備調査を行った。マングローブ林内は泥濘が激しい地域が多く、テングザルの餌資源量を見積もるための植生調査区の設置場所などについて現地の調査助手とともに検討を行った。マングローブ林の中でも、若干ながら乾燥した土地が点在していることを確認するとともに、その中から植生調査区を設置可能な6地点を選定した。また、調査地内の支流にてテングザルの個体数などを確認した。追跡調査についは、マングローブ林内の泥濘が当初考えていたよりも深刻なために、ラジオテレメトリーをテングザルに装着し、その移動パタンを明らかにすることにした。ラジオテレメトリーの装着には、テングザルの捕獲が必要であるため、その捕獲のために必要な許可証などを現地の野生生物局のオフィスにて繰り返し議論した。その結果、来年度のからのラジオテレメトリーの装着計画が、野生生物局によって承認された。 フィールド調査と平行して、他の霊長類種における重層社会との比較・検討を行う試みも開始した。2010年9月に開催された国際霊長類学会において、「Multi-level Societies in Primates」というシンポジウムを企画した。また、そのシンポジウムの参加者らに論文の執筆を依頼して、International Journal of Primatology誌において特集号を編集している。申請者は特集号の編集だけでなく、特集号へ自身の研究論文も投稿した(Matsuda et al.,in press)。本論文では、テングザル、キンシコウ、ゲラダヒヒ、マントヒヒといった、重層社会が報告されている霊長類種のハレム群内の個体間関係の詳細な比較を行った。本比較研究にあたり、各霊長類種を研究している海外の共同研究者からの行動データの提供を呼びかけるとともに、ソーシャルネットワーク分析という新しい分析手法も取り入れた。どの霊長類種もハレム群を基本的なユニットとして、そのハレム群が集まりさらに高次の社会を作るという点では共通した社会性を有するが、そのハレム群内の個体間関係には各種で違いが見られることが明らかとなった。重層社会を形成するもっとも基本的なユニットである、ハレム群内の個体間の関係性を体系的に比較・検討した研究は今までになく、重層社会形成にはどのような個体間関係が背景としてあるのかを明らかにした初めての研究となった。
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