研究概要 |
単語認知における正書法と音韻の相互作用分析の基礎的な知見を得るため,文字列の正書法処理(視覚処理)と音韻処理の特性および時間経過を事象関連電位(Event-related potentials,ERP)を用いて検討した。その中で,英単語認知の評価にあたってベースラインとして必要になる日本語単語認知の過程と特性の検討も行った。実験参加者には単語,無意味文字列,記号列を提示し,それらの視覚的特徴または音韻的特徴に注意するよう求めた。その結果,正書法処理を反映すると考えられる文字列・記号列に対するERP反応の差異は,アルファベット言語の母語話者と同様の成分および時間帯で同定された。しかし,音韻処理に関わると考えられる読める文字列・読めない文字列に対する反応の差異は,異なる時間帯および頭皮上部位で同定された。このことから,単語認知における正書法と音韻の相互作用およびその基盤となる脳活動は,母語の書記体系・音韻体系に応じて変化し得ることが示唆された。これは,発達性ディスレクシアの単語認知における相互作用とその特異性を検討していく上で考慮すべき重要な知見である。 指導法の研究としては,日本語の読み書きにおいて発達性ディスレクシアの特性を示し,英語学習に困難がある中学生,高校生に英単語の読み書き支援を行った。フォニックス法を用いて英語の音素と書記素の対応関係に基づく単語の音声化(デコーディング)と書き取りを指導した後,単語のライム(母音+語尾子音)のパターンに基づく読み書き指導を行った。その結果,フォニックスとライムはいずれも読み書きの学習と定着および正確性の向上に有効であったが,流暢性(読み速度)の獲得と向上には個人差があった。英語圏で一般的に用いられている指導方法が,英語を母語としない生徒に対しても有効であることが示された点に意義があるといえる。
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今後の研究の推進方策 |
引き続き事象関連電位を指標とし,提示刺激の種類や実験課題を変化させて文字単語認知における音韻処理をより詳細に検討していく。さらに,文字列から音韻情報を取得する処理には,読み方向に沿った空間的注意の移動が関連することが考えられたため,音韻処理と空間的注意の関係性の検討を研究計画に追加する。指導法の研究においては,ディスレクシアのある学習者の個人特性に応じた指導方法のバリエーションを拡大し,それらの効果を検討する。
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